
エチオピアの農村部にアレルという名の小さな村がある。この村で夫と共に9人の子どもを育てながら、慎ましくも平穏な日々を送っていたファトゥマ・シュビサがいた。彼女はイスラム教徒の家庭に生まれ育ったが、後にキリスト教に改宗し、夫もまた熱心な伝道者として人々に福音を伝えていた。
しかし彼女の人生は、突然の重い病によって暗転したのだ。2カ月にも及ぶ過酷な闘病生活の末、ついに力尽きてしまった。看病に訪れていた彼女の母親が異変に気付いたときには、ファトゥマの体はすでに冷たくなっており、息絶えていた。
母親は泣き崩れ、開いたままになっていた娘の目をそっと閉じ、その足をまっすぐに伸ばした。彼女の死は、小さな村中にすぐさま知れ渡った。悲報を聞きつけたイスラム教徒の親族や村人たちが次々に集まり、家の中は深い悲しみと泣き声に包まれた。
ところが、人々が遺体を囲んで悲嘆に暮れる中、ファトゥマ自身の魂は全く異なる次元にいた。肉体を離れた彼女は、見えない力に引き上げられるようにして天国へと向かっていたのだ。
後日談だが、彼女は「私はとても幸せで、考えられない喜びにあふれて、天に上っていきました」と明かした。その途中で、彼女は2年前に召された夫の兄弟に出会った。彼に手を引かれてさらに高く昇っていくと、そこには黄金の衣を身にまとった人々がいる場所があった。
そこから見下ろす地上はひどく汚れて見えたが、彼女がたどり着いた場所は完全に自由で、どこまでも清らかな世界だった。病の激しい痛みは完全に消え去り、彼女の魂は人間の理解を超えた平安の中にあったのだ。
その頃、地上では数人のキリスト教徒たちがファトゥマの遺体のそばで祈りをささげていた。そこへ、ワルサ・ブタという名の宣教師が偶然通りかかった。彼はかつて神から「あなたを通して死者をよみがえらせる」という語りかけを受けていた。彼はその約束を信じて祈り続けていた。
彼は死の知らせを聞くと、どこにでも駆けつけて祈った。そこでファトゥマの死の知らせを聞くと祈りのために駆けつけた。イスラムの親族たちが「なぜペンテコステ派の男がファトゥマのために祈っているんだ」といぶかしむ声にも耳を貸さず、彼はファトゥマの遺体に向かって真剣に祈り始めた。
彼女が息を引き取ってから、すでに12時間も時間が経過していた。それでもワルサは諦めなかった。彼は使徒ペテロのように強い信仰をもって、「ファトゥマよ、イエスの御名によって起き上がりなさい。命に戻りなさい」と力強く命じて祈ったのだ。
その瞬間、天国にいたファトゥマの魂に変化が起きた。天国で再会した亡き義母が「彼女にはまだ幼い子どもたちがいるから、地上に送り返してあげてほしい」と懇願し、黄金の衣の人々もそれに同意した直後だった。ファトゥマは突然、自分が肉体の中に戻るのを感じた。そして次の瞬間、彼女はベッドの上に起き上がり、「何?何が起きたの?」と声を発したのだ。
死後12時間も経過していた遺体が起き上がったという信じがたい奇跡を目の当たりにして、家の中は騒然となった。イスラム教徒の親族や村人たちは驚愕(きょうがく)し、「何ということだ!」「あなたの神は本当の神だ!」と叫んだ。これを目撃した彼ら全員には、もはやキリスト教徒にならない選択肢はなかった。
「神の御心によって子どもたちのために戻ってきましたが、私の本心は、決して戻ってきたくはなかったです。できることなら、あの場所へ帰りたいです」。ファトゥマはほほ笑みながらそう語る。
キリスト者が死ぬとき、それは考えられないような喜びに満ちた場所への旅立ちだと彼女は知ったのだ。彼女が見た天国の光景と、死の力をも打ち砕く神の力は、エチオピアの小さな村に永遠の希望を垣間見せたのだ。
主イエスは言われた。
わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。(ヨハネ11:25)
今も生きて働く、キリストの御業をたたえよう。
エチオピアの農村地域で福音を伝える信者たちのために祈ろう。ファトゥマの奇跡的な生還の証しが、周囲のイスラム教徒や未信者の村人たちの心を動かし、多くの人々がキリストの救いへと導かれるように。
また、周囲の無理解や嘲笑の中でも決して諦めず、神の約束を信じて力強く祈り抜いた宣教師ワルサのように現地の伝道者たちに揺るぎない信仰と大胆さが与えられるように。そして、貧困や病などの困難の中にあるエチオピアの兄弟姉妹たちが、天国にある永遠の希望に目を留め、その日々の歩みが力強く支えられるよう祈っていただきたい。
■ エチオピアの宗教人口
プロテスタント 19・2%
正教会 39・5%
カトリック 0・7%
イスラム 34・1%
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