
マクドナルド・ゴスペルフェストが9、10の両日、米ニューヨーク・マンハッタンのライブ会場「パラディウム・タイムズスクエア」で開催された。マクドナルドが主催する全米最大規模のゴスペル音楽イベントで、今年で44回目の開催。9日は昼夜2公演が、10日は夜1公演が行われ、延べ6千人の観客が訪れた。
ゴスペルフェストでは、前半にアマチュアのコンテスト、後半に有名ゴスペルアーティストたちによるショーが行われる。私が最初に参加したのは2008年。スタジアムで2万人の観客がゴスペル音楽に熱狂する姿に、カルチャーショックを受けた。今でもその時の衝撃を鮮明に覚えているほどだ。
「このステージにぜひとも日本人を立たせたい」。そう思って、すぐにプロデューサーにアポを取り、私も関わらせてほしいと願い出て、翌年から早速、私がプロデュースするステージ枠を頂いた。また、前半のコンテストにも、日本人のオーディション参加を呼びかけ、日本からも毎年、クワイア部門、ダンス部門、各種歌唱部門に出場者が出るようになった。
昨年は、日本人ゴスペルアーティストのTiAが率いるサクラ・ジャパニーズ・クワイアが、クワイア部門で優勝の快挙を成し遂げた。私も会場で拝見したが、圧巻のパフォーマンスだった。日本のゴスペル音楽のクオリティーの高さが、本場米国でも評価されたことは、私にとって本当に喜ばしい出来事だった。
そして、今年はさらなるミラクルが起きた。福島県出身の女性シンガー、anna calla(アンナカラー)こと高橋杏奈さんが、日本人として初めて女性ソロボーカリスト部門で優勝を果たしたのだ。ゴスペルフェストが始まって以来の快挙だ。
高橋さんとの最初の出会いは、10年ほど前に私が日本で開催したボーカルワークショップで、彼女は参加者の一人だった。その後、さらに学びたいと願った彼女は、ニューヨークの私の元にプチ音楽留学をしに来た。その際、私の教会の日曜礼拝にも参加している。その時の彼女は、「自分の中のネガティブなものが全て抜けていくような感じがして、涙が出ました」と感想を述べていた。
その感覚の正体が神の導きであると分からぬまま、高橋さんは2018年、オレンジゴスペルの全国ツアーでゴスペル音楽に再び関わることになる。オレンジゴスペルは、子どもの虐待防止を呼びかける「オレンジリボン運動」を、ゴスペル音楽を通じて啓発するイベントで、私の発案で始まり、11年から全国ツアーを毎年のように開催している。18年は、米国からアンドレア・マクラーキン・メリニさんが来日した。高橋さんは福島公演でアンドレアさんと共演し、初めてゴスペル音楽をソロで歌う機会を得たのだ。
「アンドレアさんの歌が始まった途端、ニューヨークの体験を思い出し涙が流れました。ハッピーなのに涙が出る......。この感覚が本当に分かりませんでした」
当時の高橋さんは、そう語っていた。
その後、拠点を東京に移していた彼女に、私は昨年、今度はフィナーレコンサートとなる東京公演にゲスト出演しないかと声をかけ、彼女は再びゴスペル音楽を歌うことになった。その際、高橋さんは「オレンジゴスペルの会場がとても温かくて愛にあふれていて、ニューヨークでのことをまた思い出しました」と印象を述べていた。
私は、彼女の伸びのある力強い歌声が以前と変わっていないことを知り、今年の年明け、ゴスペルフェストに出場しないかと声をかけた。高橋さんからはすぐにOKと返事が戻ってきた。彼女は「あれからずっと、ニューヨークにもう一度行きたい、今度行くときはニューヨークで歌いたい、という思いがありました。だから、チャンスだと思ったのです」と即答した理由を述べてくれた。
その後、出場が決まると、彼女の中に変化が生まれた。まず、昨年のオレンジゴスペルで共演したボーカリストの伊藤舞さんのライブを訪ねた。伊藤さんは、2024年の女性ソロボーカリスト部門に出場した経験があったため、話を聞きたいと思ったそうだ。伊藤さんは、24年の出場をきっかけにキリストを信じるようになり、その年に私が東京を訪問した際、洗礼を授けていた。高橋さんは伊藤さんの元を訪ねた際、キリスト教についての不安も打ち明けたそうだ。
「クリスチャンになった後、信じられなくなったらどうしよう?」
伊藤さんは、「私も同じ不安があったけど、希瑶子先生(筆者)は『私も一度(キリスト教から)離れて、自殺しようとしたことさえあったのだから、心配しなくて大丈夫』と言ってくれたので、安心して洗礼を受けた」と答えたそうだ。
それを聞いた高橋さんは、その数日後のオンラインでのボーカルコンサルテーションの際、思い切って私にこう質問した。
「私の家族と宗教が違ってしまったら、問題がありますよね?」
私自身は記憶にないのだが、その時、私はどうやらこう答えたようだ。
「宗教云々(うんぬん)より、イエスを信じるか信じないかの二択だけじゃないのかな」
そして、次のボーカルコンサルテーションの時、彼女は「私はキリストを信じる道を選びます」とハッキリと宣言したのだった。その彼女の言葉には、もう不安も迷いもなかった。
彼女はゴスペルフェストのステージで、クリスチャンとして「It Is Well with My Soul」を力いっぱい歌った。歌い終わった彼女は、「歌詞にすごく助けられました。主が共にいると感じながら歌うことができました」と語った。また、各部門の優勝者が発表されたときのことを尋ねると、次のように語ってくれた。
「自分の名前が呼ばれたのは分かったけど、何か忘れ物をして呼び出しをくらったのかと思いました(笑)。周りの席の人が私を見て、拍手しながら『おめでとう!』と言ってくれ、初めて自分が優勝したのだと分かりました。でも、今でも信じられません」
彼女が10年前から全く変わらないのは、謙虚さだと私は思う。聖書に登場する「神に選ばれた人々」の多くは、初めは小さな者だった。彼らは目立たない存在で、その出発点は謙虚なものだった。神による選びは、しばしば人間の価値基準を覆すものなのだ。
例えば、旧約聖書に登場するモーセは指導者となることに消極的で、自らの弁舌や指導力に自信を持てずにいた(出エジプト4:10)。また、神によって王として選ばれたダビデも、王としての威厳ある外見とはかけ離れた羊飼いの少年だった。ダビデを王として選んだ預言者サムエルに、神は心を見るので外見や背の高さを見てはならないと告げている(1サムエル16:7)。
新約聖書に登場するイエスの弟子たちも、漁師や取税人など一般の人たちだった(使徒4:13)。聖書は一貫して、神が高ぶる者を退け、謙虚な者に恵みを与えることを教えている(ヤコブ4:6)。神の国においては、心が重んじられ、神の力は人間の弱さの中でこそ完全に現されるのだ(2コリント12:9、1コリント1:27)。
高橋さんも、自信が持てない小さな者だった。私には「東京に拠点を移した後、自分の弱さがバレないように自分を大きく見せようと必死でした」と打ち明けてくれていた。主は10年前から、いや、それ以前から高橋さんを既に選んでおられたのだろう。私、アンドレアさん、伊藤さんの3人の女性クリスチャンを通して、主は高橋さんをご自身の元に引き寄せられたようだ。
高橋さんは、ゴスペルフェストのステージに立った翌日、ニューヨークのベテル・ゴスペル・アセンブリーの日曜礼拝で、2018年にオレンジゴスペルの全国ツアー福島公演で初めて歌ったゴスペル曲「Here with Us」を披露してくれた(動画)。礼拝後には、「今は主が私と共にいてくださるので、私のままで良いのだと思えます。教会で賛美したときは、とにかく自分の感謝の思いを主に伝えたかったです」と話してくれた。
彼女は、キリストと歩む人生を選んでから、すぐに福音書の音声朗読を聞き始め、キリストの生涯を描いた映画「パッション」を観たそうだ。現在は、私が担当しているベテル・ゴスペル・アッセンブリーの日本人オンライン教会「ジャパニーズ・ゴスペル・アッセンブリー」のメンバーになるため、神学基礎講座を受講している。「今はまだ何も分からないので、とにかく聖書のこと、主のことをもっと知りたい!」と話す彼女の謙虚でひたむきな姿は、多くのクリスチャンに初心を思い出させてくれるのではないだろうか。
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