
翌年1820年。ヨハン・フリードリッヒ・ミュラーは再婚した。相手は裕福な織物商人の未亡人で、フランツという連れ子がいた。
父親が再婚しても、家庭の中には相変わらず冷たい空気が漂っているのをジョージは肌で感じていた。二度目の母は社交家で、毎晩のように町の名士の晩餐会に呼ばれたり、サロンに顔を出したりして留守がちであった。
また父親も下級公務員から上級公務員に出世したために、政界の人々と交流ができ、あちこちの集まりに招かれ、同じように家を空けがちだった。
ジョージにとっては異母兄弟に当たる二度目の母の子フランツは、家の中でいばり散らし、兄ビルヘルムとジョージはいつも片隅に追いやられていた。
「こんな家、今に出てやるぞ。空っぽの家に空っぽの家族じゃないか」。ジョージは、たびたびそうつぶやくのだった。
こんな中で、15歳になった彼は近くの教会で堅信礼を受け、正式にルター派の教会の会員となった。当時、15歳になった子どもは誰でも堅信礼を受けることになっており、教会で行われる聖餐式に出席することが許されていた。しかし、ジョージは促されるままに信仰告白をし、牧師の教理問答に機械的に答えることができても、それは自分にとって何の意味もなく、そこには喜びのかけらも感じ取ることができなかった。
(こんなに面倒くさいことをなぜ皆は大切だと考えているんだろう?)彼はそう思った。そしてその時初めて彼は、教会の外の空気を吸い、生きる喜びというものを実感したいという燃えるような願望を持つようになった。
(自分にとってワクワクするようなスリルと喜びを感じられるものは何だろう? 探したら、きっと賭博より面白い遊びがあるかもしれないぞ)
彼は再び、家族に内緒で町の不良仲間と夜の町をうろつくようになった。そして、面白い遊びを思いついたのである。
スリの常習犯である仲間と組んで、金持ちらしい紳士がホテルや社交場に出入りするのを見て後ろから襲い、財布を奪い取るというワクワクするようなスリルを伴った危険な遊びだった。
うまくいくたびに一層興奮が体を駆け巡り、その後一同は、巻き上げた金を使って賭博をし、酒場で飲み明かすのだった。
こうした遊びはさらなる悪事の泥沼へと彼らを引きずり込んだ。一同は高級ホテルの食堂で無銭飲食をしたり、仲間のうちで気が弱そうな者を脅してその家の金庫から金を盗み出させたり、親族になりすまして銀行から金を借りるようにさせ、それを山分けしたりするようなことまでするようになったのである。
しかしその後、仲間の一人が賭博場で客の一人に絡み、暴力沙汰となったことから、警察に目をつけられ、逃げ回った末に、このグループは解散となった。それでもジョージは懲りずに、有り金を懐に別の仲間と飲み歩き、カードゲームをしてとうとう一銭もなくなってしまった。そして、相変わらず父親にお金をせびった。
「おまえには小遣いとして相当な金を渡しているはずなのに、今度は何が欲しいんだね」。父親は渋い顔をしながらも、結局息子かわいさに金を与えてしまった。するとジョージは今度、高級料理店に入り浸り、豪華な食事をし、高い酒を飲んでいい気分になった。
そうするうちに、そこで働いている娘と知り合いになった。彼女はマクデブルクという町から働きに出て来ているのだが、何とジョージはこの女性に一目で恋をしてしまったのである。そして何度か通ううちに、2人は次第に親しくなっていった。
1821年12月のこと。ジョージがいつものようにこの店に行くと、彼女は3日後に郷里マクデブルクに帰るのだという。彼は思わず言った。
「自分も行くよ。家にいても面白くないし。それに──君のことが忘れられなくなったのさ」。彼女は戸惑ったようだったが、一緒にマクデブルクに行くことを承知した。
ジョージは、父親からもらった小遣いの残りを懐に入れて、彼女と一緒に旅に出た。しかし、この旅こそが命取りになったのだった。
彼は親族になりすまして旅券を買い、高級ホテルに宿泊するなどしてぜいたくの限りを尽くした。その結果、ホテル費用の不払いにより逮捕されてしまったのである。
連れの女性はいつの間にか姿を消してしまった。ジョージは起訴されて有罪となり、そのまま投獄された。
今や犯罪者に成り下がったのである。彼が拘束されていたのは1821年12月18日から翌年の1月12日までであった。
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<あとがき>
父親が再婚しても、相変わらず家庭には冷たい空気が漂っていて、家族だんらんというものはありませんでした。この頃には父親は上級公務員に昇格して町の名士との付き合いが頻繁になり、二度目の母も社交家でサロンに入り浸りでした。
そのため、2人とも家を空けがちで、ジョージと兄のビルヘルムはがらんとした家の中に取り残されていました。ジョージは寂しさから、再び町に出て不良仲間と付き合うようになりました。
そして飲酒や賭博では物足りなくなり、人を襲って財布を抜き取ったり、高級ホテルの食堂で無銭飲食をしたりと、その行動は次第にエスカレートしていきます。
そのうち彼は、料理屋に働きに来ている娘と知り合い、彼女に恋をします。そして一緒に旅行に出、その際、親族になりすまして銀行から金を借り、高級ホテルに宿泊してぜいたくの限りを尽くすうちに、とうとうホテルの宿泊費の未払いにより警察に逮捕され、前科者に成り下がったのでした。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイで中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。