神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。(ヨハネの福音書4章24節)
イエスはサマリヤの女性に対し、神を礼拝する場所の論争を超えて「真の礼拝者」になるよう導かれました。天地万物を造られた神は、霊なので、物理的な場所(エルサレムやゲリジム山)や、人が形造った偶像に閉じ込められる存在ではありません。
そして、人の心をご覧になられる方ですから、形式的な礼拝ではなく、心からの「霊とまこと」をもって礼拝することを勧められました。聖霊によって心が神とつながり、私たちが魂の深いところから礼拝をささげることを神は望んでおられます。
神は私たちに、神の言葉である聖書の真理に基づき、誠実な心をもって礼拝することを求めておられます。聖書の言葉を用いて祈り、神に聞いていただくことです。聖書の言葉には力があります。それは人間の知恵や教訓ではなく、生ける神の意志、人との間で交わされた約束そのものであり、私たちの人生を変え、不可能を可能にする霊的な力を持っています。
神が語られたことは必ず実現します。神の言葉は、信じる者の心に深く働きかけ、平安を与え、私たちを永遠の命へと導いてくださいます。
わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハネの福音書14章6節)
聖書は単なる教えの書ではなく、神が贖(あがな)いという代価により、罪ある人間を救い、新しい関係へと招いてくださる契約の書であり、私たちに対する神のラブレターです。そしてキリストこそが、神のもとへと至る唯一の救いの道であり、絶対的な真理であり、永遠の命そのものであることを示しています。
心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。(マルコの福音書12章30節)
そのような素晴らしい神を知ることができたのですから、私のうちにある全てのもの(内面、思い、知性の全て)で神を愛し、信頼して、霊とまことをもって心から礼拝することを神は望んでおられます。
私たちはやがてこの地上を去り、永遠の天の御国に入ります。この希望は、決して失望で終わることがないと神は約束してくださっています。ですからこの希望を持って、創造主なる神を信頼し、霊とまことによって礼拝しつつ、この地上での命を全うしたいと願います。
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