
「昏睡(こんすい)状態まであと1歩、死まであとたった2歩のところでした」
医師から告げられたその言葉は、かつてシカゴ・トリビューン紙の敏腕ジャーナリストだったリー・ストロベルを、真剣に死後の世界に向き合わせた。低ナトリウム血症による意識不明の状態から奇跡的に目覚めた彼は、腎臓を一つ失ったが、脳障害や麻痺なども残らず、まさに九死に一生を得たのだった。
ストロベルは、キリスト教界では知らぬ者のいない高名な弁証家で牧師だが、かつては筋金入りの無神論者として、キリストの復活を「歴史的な捏造(ねつぞう)」だと、ジャーナリストの手法を用いて論破しようと試みた人物だ。
しかし、2年に及ぶ徹底的な調査の末、彼は圧倒的な歴史的証拠の前に屈し、自らイエス・キリストを受け入れたのだ。その劇的な回心のプロセスは著書『ナザレのイエスは神の子か?』(原題:The Case for Christ)に記され、世界中で数百万部を売り上げるベストセラーとなった。
そんな彼が直面したのは、他者の歴史ではなく、自分自身の「死」であった。病床で意識を失い、生と死の境界線をさまよった経験は、ジャーナリストとしての彼の探求心に再び火をつけた。彼は文字通り、死を現実の問題としてその入り口に立ったのだ。
死の先にあるもの、 天国や地獄、多くの証言がある臨死体験(彼自身は体験していないが)。それは、ただの脳の錯覚なのか、それとも否定し得ない事実なのか。そして、それは聖書の教えと矛盾するものなのか、それともむしろ一致・補強するものなのか。
彼は回復後、膨大な臨死体験の記録と、それらを科学的に分析する医学者や脳科学者たちの論文に向き合った。無神論者だった頃の彼なら「脳の酸素欠乏が見せる幻覚」として片付けていたであろう現象に対し、彼は今回、かつてキリストの復活を調査したときと同じ、厳格なジャーナリズムの基準をもって挑むことにしたのである。
科学万能主義が支配する現代社会において、死の先にある「永遠」を語ることはしばしば嘲笑の対象となる。しかし、ストロベルが調査を開始して間もなく直面したのは、唯物論的な科学ではどうしても説明のつかない、驚くべき「客観的事実」の数々であった。(続く)
■ 米国の宗教人口
プロテスタント 約42%
カトリック 約21%
無宗教 約29%
ユダヤ教 約1%
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