2026年4月12日14時47分

ワールドミッションレポート(4月12日):イラン 自由の祭壇に散った娘とキリストに生かされた母③

執筆者 : 石野博

ワールドミッションレポート(4月12日):イラン 自由の祭壇に散った娘とキリストに生かされた母③
イランの現体制転覆を求め、革命前のイランの旧国旗などを掲げる人々=3月7日、英ロンドンで(写真:Loredana Sangiuliano / Shutterstock)

デモの最前線で武装した治安部隊と対峙(たいじ)し、自由を叫んだ16歳のセブダは、心臓を撃ち抜かれて即死した。目の前で一人娘を奪われた母サミーラ。当局は、彼女に娘を悼み悲しむ時間さえ与えず、監視と弾圧の手を広げた。サミーラは国境を越えて逃れ、隣国イラクへと難民として脱出する。深い喪失感と怒り、悲しみに打ちひしがれ、サミーラは絶望の日々を送っていた。(第1回から読む)

「なぜ娘が……」「なぜ私は娘を止めなかったのか……」「娘ではなく私が死ねばよかった」「これは運命……それとも因果……」。決して変えることのできない追憶の日々は、呪いのように何度も何度も彼女を苦しめた。

そんなある日、サミーラは逃亡先のイラクで、ある小さな家の教会の信者たちと出会った。彼女はもともと、熱心なイスラム教徒ではなかった。「昔からそうでした。本心ではシーア派のイスラム教を受け入れることができませんでした。その代わり、イエス・キリストについては違いました。どういうわけか、いつもイエスのことが気になっていました」

彼女は以前から、SNSで密かにキリスト教の動画を見ていた。娘の理不尽な死、運命論、因果論、人生の深淵な謎……いずれにしても、サミーラが負った激しい心の痛みは、決して逃れることができない現実だった。

この世のいかなる言葉や哲学によっても、決してそれを癒やすことはできない。しかしキリストの愛は、そのような痛みや苦しみ、憤りや不条理、疑問さえも、全てを優しく、そして力強く包み込んだのだ。

彼女はその家の小さなバスタブで、全てを包み込むキリストに信頼し、イエスを自らの救い主として告白し、バプテスマを受けた。お世辞にも決して華やかとは言えない、それは極めて貧しく、ささやかな洗礼式だった。しかし往々にして、そのような不足と欠乏にこそ、キリストの満ち満ちた豊かさは注がれるのだ。

「キリストを見つけてから、私の人生に多くの良いことが起こりました。何よりも今、私は世が決して与えることのできない特別な平安を感じています。私は自分の命と運命を主に委ねたのです」

もちろん、彼女を取り巻く現実は何も変わっていない。イランには相変わらず強権的な政権があり、祖国には帰れない。状況は何も変わってはいない。それでは、何が変わったのか。そう、変わったのは彼女の「心」だ。変化は外からではなく、彼女の内側からやってきた。

サミーラは静かに、しかし確信に満ちた声で証しする。「今日、私はとてつもなく大きな苦難(悲しみ)に耐えていますが、しかしそれにも増して、キリストの愛と恵みは豊かです。今、私の心の奥底には、深く特別な平安があるのです」

主イエスは言う。「わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません」(ヨハネ14:27)

サミーラが受けた平安は、うつろい、変わり、消えてしまうようなこの世の平安ではない。彼女の受けた平安は、心の中から始まる、決して変わることのない「キリストの平安」なのである。

今日、あなたはどうだろうか。呪いのように苦しめる過去の痛みと苦しみ、喪失感の中に何年も縛られているだろうか。しかし朗報がある。キリストの福音の中に逃げ込むのだ。決して変わらぬ平安が、あなたの内側から始まり、呪いの鎖は断ち切られ、キリストの自由があなたを覆うだろう。

イランのために祈ろう。自由と正義のために命を落とした無数の若者たちの血の叫びが、天に届き、信仰の自由を阻害し、無辜(むこ)の市民に銃口を向ける体制が変えられるように。サミーラのように深い喪失と悲しみの中にいる遺族たちが、絶望の中で生けるキリストに出会い、世が与えることのできない「天的な平安」を得るように。

リバイバルの国イランがこの困難を乗り越え、戦争が終結し、平和のうちに福音の種がまかれるように祈っていただきたい。

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■ イランの宗教人口
イスラム 37・2%
キリスト教 1・5%
無宗教 22・2%
ユダヤ教 0・02%

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石野博

石野博

(いしの・ひろし)

2001年より、浜松の日系ブラジル人教会で日本人開拓、巡回伝道者として従事。12年より、奥山実牧師のもと宣教師訓練センター(MTC)に従事、23年10月より、浜松グッドニュースカフェMJH牧会者として従事。18年3月より、奥山実牧師監修のもと「世界宣教祈祷課題」の執筆者として奉仕。23年10月より「世界宣教祈祷課題」を「ワールドミッションレポート」として引き継ぎ、執筆を継続している。