2026年4月11日10時59分

ワールドミッションレポート(4月11日):イラン 自由の祭壇に散った娘とキリストに生かされた母②

執筆者 : 石野博

ワールドミッションレポート(4月11日):イラン 自由の祭壇に散った娘とキリストに生かされた母②
ライオンと太陽をあしらったイラン革命前のイラン旧国旗などを掲げ、イランの抗議デモへの支持を示す人々=1月11日、フランス・パリで(写真:Pierre Laborde / Shutterstock)

軍事的緊張が高まるイラン。国内的には、年初めから激化していた過酷な弾圧が続いており、1月19日、治安部隊には、デモ活動をする市民を鎮圧するために殺傷命令が下された。サミーラと16歳の娘セブダは、スマートフォンを家に置いて、決死の覚悟で抗議デモの群衆の流れに身を投じたのであった。(第1回から読む)

数千人の群衆が怒りの声とシュプレヒコールを上げるカラジの通りに立つセブダには、不思議なほど恐れがなかった。「娘は信じられないほど勇敢でした。最後の息を引き取る瞬間まで、決して屈しない勇気をもって言葉を発し続けていたのです」。娘の最後を振り返る母サミーラの声は、はち切れんばかりの悲しみに満ちていたが、そこはかとない誇りもあった。

セブダは群衆の後ろに隠れることをよしとしなかった。彼女は自らデモの最前線へと進み出た。彼女は、完全武装の治安部隊が向ける銃口にも怯まず、真正面から対峙(たいじ)し、自由を叫び、シュプレヒコールを上げ続けたのだ。

彼女が見せた最後の勇姿は、暴力によって人々を沈黙させようとする体制への、何よりも力強く最も純粋な抵抗だった。しかし次の瞬間、冷徹な凶弾が彼女の胸を撃ち貫いた。

「即死でした。彼らは娘の心臓を撃ち抜いたのです」。ゼブダは、一言も発せず母の目の前でくずおれた。悲しむ時間すら与えぬほど、それは無情な一瞬の出来事だった。「たった一言『さよなら』を言う時間すら、私には与えられませんでした」。セブダは生前、自由を訴えるビデオメッセージをいくつも残していた。

「祖国のために、自由のために声を上げてほしい」と語る娘の姿。サミーラは言う。「人々に彼女のことをいつまでも忘れないでいてほしい。彼女の声が二度と消されないようにしてほしいのです」

今まで二人で生きてきた母にとっては、自分の命よりも大切な愛娘だ。彼女はたった16歳という若さで、自由の祭壇にその命をささげたのだ。

「ママ、いつか自由になる日が来たら、こんなに素晴らしいことはないわね……ママ……もし私に万が一のことがあったら、自由が訪れたその日に、私のことを思い出してね」

煌々(こうこう)と燃えて散った名もなき一人の少女の短い生涯だが、それを知る人々の記憶には、決して消えないものとして永遠に刻まれることだろう。いつかイランに自由が訪れる日、ゼブダ、この少女の名も、きっと語り継がれるに違いない。

一方、イラン当局は、サミーラが娘のために悼み悲しむ時間さえも与えなかった。当局は犠牲者の遺族に対する監視と弾圧を強めていった。娘を亡くした数週間後、身の危険を感じたサミーラは、ついに故国イランを離れる決断を余儀なくされた。彼女は国境を越え、隣国イラクの北部へと難民として逃れた。

全てを失った母親はたった一人、異国の地にたどり着いた。娘の命を奪った邪悪な体制への深い恨みと、幾度も込み上げる呪縛のような喪失感と悲しみの中で、彼女の人生は、のたうち回るような深い谷間にあった。しかし、イラクの地で彼女を待っていたのは、絶望の深淵に投じられる救いの光だった。(続く)

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■ イランの宗教人口
イスラム 37・2%
キリスト教 1・5%
無宗教 22・2%
ユダヤ教 0・02%

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石野博

石野博

(いしの・ひろし)

2001年より、浜松の日系ブラジル人教会で日本人開拓、巡回伝道者として従事。12年より、奥山実牧師のもと宣教師訓練センター(MTC)に従事、23年10月より、浜松グッドニュースカフェMJH牧会者として従事。18年3月より、奥山実牧師監修のもと「世界宣教祈祷課題」の執筆者として奉仕。23年10月より「世界宣教祈祷課題」を「ワールドミッションレポート」として引き継ぎ、執筆を継続している。