2026年4月10日20時59分

神様は公平か、不公平か 菅野直基

コラムニスト : 菅野直基

神様は公平な方だと思いたいですが、実際は一人一人に不平等な環境を与えておられます。ある人は億万長者の親の元に生まれるのに、ある人は極貧で、借金地獄の親の元に生まれます。ある人は権力があり、身分の高い親の元に生まれるのに、ある人は身分の低い親の元に生まれます。

「家が貧乏で、片親で、親がまともな職に就いていなかった。私も同じような環境だ。世の中は、お金が全てだ。結局、神様は不公平で不平等だ」と嘆きながら相談に来られる人がいます。その話を聞いていると、「神様は公平で平等な方ですよ」と簡単には言えません。

確かに、神様は不公平で、不平等な扱いをされているといえます。しかし、それにもかかわらず、神様は公平で平等な方です。

賛美歌の一節に「多くの苦しみ味わったから 同じだけの慰めがある」という歌詞があります。少しの苦しみを味わったら、その苦しみを慰めるための、少しの慰めが与えられます。しかし、多くの苦しみを味わったなら、その大きな苦しみを慰めるために多くの慰めが与えられます。

エリートの環境の家庭に生まれた子どもは、免疫が乏しく、ちょっとした失敗で大きな挫折を経験してしまうことがあります。貧しく、苦労の絶えない環境で生まれた子どもは、打たれ強く、踏まれても踏まれても、また生えてくる雑草のようなワイルドさがあります。

悲しみが大きかった分だけ、それが喜びに変わったときには、何百倍の喜びを経験できるものです。

ピンチに直面し、そのピンチをチャンスに変えて、打開することができたとき、その報いは大きいものです。川を泳いで渡ったとしてもニュースにはなりませんが、たまたまそこに溺れている人がいて、その人を助けたらニュースになりますし、命を助けた恩人として表彰されます。

何が幸か不幸か、簡単に言うことはできません。各論的には、神様は私たちに「不公平」「不平等」な対応をされることはあっても、総論的に見たら、「公平」「平等」な対応をされるのです。

不幸の原因、諸悪の根源は、「木を見て森を見ない」ように、物事を各論的にだけ見て、自分と人を比較して劣等感や優越感を持つことにあります。

各論的に物事を見るときにも、それを優劣ではなく違いとして受け入れ、総論的には神様がちゃんとバランスを取っていてくださると信じ、自分に与えられているものに対して感謝し、自分の道を歩んでいきましょう。

あなたに与えられた道が一番なのです。これが真理です。そして「真理はあなたがたを自由にします」(ヨハネ8:32)。この「Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ(ヘー・アレーテイア・エレウテローセイ・ヒュマース、「真理はあなたたちを自由にする」の意)」という言葉は、国会図書館にも書かれています。本当の勉強は、真理を探求することです。その真理が人を自由にし、幸せにするのです。

神様が不公平、不平等を与えているように見えることはあります。しかし、にもかかわらず、神様は公平、平等であり、あなたに与えられた道が、あなたにとって一番であると知ってください。

その極地まで行ける人は、神様が逆の意味で不公平・不平等な方だと感じるでしょう。「神様は、誰よりも私を祝福してくださった!」と。

※ 本コラムでは、特に断りのない限り、聖書の引用は新改訳(第3版)を使用しています。

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菅野直基

菅野直基

(かんの・なおき)

1971年東京都生まれ。新宿福興教会牧師。子ども公園伝道、路傍伝道、ホームレス救済伝道、買売春レスキュー・ミッションなどの地域に根ざした宣教活動や、海外や国内での巡回伝道、各種聖会での賛美リードや奏楽、日本の津々浦々での冠婚葬祭の司式など、幅広く奉仕している。日本民族総福音化運動協議会理事。

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