2026年4月10日11時11分

ワールドミッションレポート(4月10日):イラン 自由の祭壇に散った娘とキリストに生かされた母①

執筆者 : 石野博

イラン抗議デモ
2025年末から26年初頭にかけてイラン国内で発生した大規模な反政府デモに呼応し、イランの民主化などを求めてロンドン市内を行進する人々=1月25日(写真:Donovan Elmes / Shutterstock)

2月28日の米イスラエルの共同作戦に端を発する軍事衝突により、緊迫化したイランおよび中東情勢が連日の紙面に踊っている。強硬な軍事的態度で対峙(たいじ)する双方だが、今年初めに起きた、イラン国内での自国民に対する容赦ない弾圧と流血の惨事(病院データから数万人の市民が犠牲になったとの推計もある)については、決して見過ごすことができない。

これは、そのような強権的な体制に屈せず、文字通り自らの命を賭して自由を求めた一人の少女と、遺された母親が語る物語と証しである。

今年1月、イランの都市カラジでは、数千人の市民が政権に抗議するため、怒りと苦しみの窮状を訴えて通りに出た。「1月19日は本当に恐ろしい日でした。政府当局が、抗議する市民の『顔面を撃て』と治安部隊に命じた日でした」。母親のサミーラは、あの日の異常な空気をそう振り返る。

抗議活動をすれば、死の危険が伴うことが明白であったにもかかわらず、サミーラと16歳の一人娘セブダは、街頭に出る準備をしていた。「死の危険に直面するか、逮捕されるかのどちらかになることは分かっていました」。彼女たちは、当局の追跡を防ぐため、自分たちのスマートフォンを全て家に置いてきていた。体制に疑問を持つ者に当局は容赦しないのだ。

「誰かがやらなければならない」。わずか16歳の少女を駆り立てたものが、その燃えるような使命感だった。彼女は13歳の時にも、マフサ・アミニさん殺害※に対する「女性、生命、自由」の抗議デモに参加していた。「あのデモで多くの人が命を落としました。娘は私に『ママ、お願い。私と一緒に街に出て』と何度も懇願したのです。『命を落とした人たちのために、誰かが代わりに声を上げないといけないでしょ』と」。(※2022年9月ヒジャブ着用義務違反で拘束されて死亡し、女性権利抗議の象徴となった事件)

セブダは普段から母親にこう語っていたという。「ママ、いつか自由になる日が来たら、こんなに素晴らしいことはないわね……ママ……もし私に万が一のことがあったら、自由が訪れたその日に、私のことを思い出してね」。彼女の自由のための戦いは、単なる気まぐれやはやり廃りではなく、明確な覚悟の上でのことだったのだ。

自由への切実な願いと、同胞の死に対する熱い思い。命を賭してもこの国を変えなければならないという燃える決意は、決してゼブダを傍観者の安全地帯にとどめておかなかった。そしてあの日、2026年1月19日、自由を叫ぶ母娘は銃声と怒号、シュプレヒコールが飛び交う通りに、身を投げ出していったのである。(続く)

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■ イランの宗教人口
イスラム 37・2%
キリスト教 1・5%
無宗教 22・2%
ユダヤ教 0・02%

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石野博

石野博

(いしの・ひろし)

2001年より、浜松の日系ブラジル人教会で日本人開拓、巡回伝道者として従事。12年より、奥山実牧師のもと宣教師訓練センター(MTC)に従事、23年10月より、浜松グッドニュースカフェMJH牧会者として従事。18年3月より、奥山実牧師監修のもと「世界宣教祈祷課題」の執筆者として奉仕。23年10月より「世界宣教祈祷課題」を「ワールドミッションレポート」として引き継ぎ、執筆を継続している。