2026年4月5日05時53分

【イースターメッセージ】永遠の命と復活の希望 高木康俊

執筆者 : 高木康俊

もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。(ローマの信徒への手紙8章11節、新共同訳)

私は高校生の時、熊本県菊池市の菊池キリスト教会(坂本トモ子牧師)で救われ、信仰を与えられました。この教会は、同県阿蘇郡の高森キリスト教会を開拓したユーレル・スポア宣教師や前原澄子牧師のリーダーシップの中で開拓された教会でした。

私は、高校1年生の時に父親の死を体験し、無意識のうちに「死」を恐れていたように思います。また、小学生の頃から吃音(どもり)で苦しんでもいましたので、死への恐れや病の苦しみからの解放と、主の助けを求めてキリスト信仰に導かれたのです。坂本牧師の熱心な指導と、スポア宣教師のリーダーシップの中で洗礼(バプテスマ)を受けました。

その後、東京の大学に進学した私は、しばらく教会から離れてしまいましたが、妻となる人と出会い、その妻の信仰と導きによって、結婚を契機に教会に戻り、信仰生活が復活しました。

大学卒業後は、検察事務官として刑事捜査に従事しつつ、教会学校の教師として奉仕をし、日々を歩んでいました。その頃、妻が2人目の子どもを宿していることに気付かぬまま、検診で大量の放射線を浴び、産婦人科の医師から、重大な障がいを持って生まれる可能性が大きいので中絶することを強く勧められました。

しかし、私たち夫婦は、それから数カ月を共に祈り続けた結果、死や病の恐怖、不安から解放されましたので、どんな不自由な体を持つ子であるとしても、主から与えられた命の尊厳を大切にして産むことを決断しました。やがて長男は、主の恵みの中で全て守られて生まれてきました。この出来事を通して、死や病の恐れから解放を与えてくださる主の十字架の福音を宣(の)べ伝えるために献身する召命が与えられたのです。

その後、検察事務官を退官し、神学部に入学しました。その献身生活の中で吃音も奇跡的に癒やされ、数年後には、茨城県日立市で牧師として開拓伝道にお仕えするようになりました。

主が与えられた召命の通り、伝道牧会の中で、死の不安と重荷を負わされた多くの人と出会うことができ、主の十字架の救いによって多くの人が信仰に導かれました。しかしその一方で、まだ若く未熟な伝道者でしたので、さまざまな重荷に押しつぶされそうになり、伝道牧会を継続することが困難な状況に陥りました。

ちょうどその時、主なる神は、牧師館で妻と共に祈る私の心に、「主である私は生きている」との御言葉を明確に与え、その御声を聞かせてくださったのです。この主の臨在の御言葉体験、聖霊に満たされた体験は、私にとって、その後の死と病の不安に苦しむ人々に伝道する際の大きな支えとなったのです。

「主は十字架にかかり、贖(あがな)いの御業を完成され、3日目に復活し、今も生きておられる」ことを、御言葉によって体験することこそ、「死」への勝利であり「復活」であることを、この時知らされました。

その後、日立市での開拓伝道を終え、東京の目白ヶ丘教会という国内のバプテスト派でも最も古い伝統のある教会で牧会することとなりましたが、若い牧師には大変な重荷でした。その頃、東京ホライズンチャペルを開拓された平野耕一牧師に出会いました。平野牧師を通して主なる神のご臨在、イエス様の愛、聖霊様の働きに触れる体験を再びさせていただきました。

そして、現在牧会する蓮根(はすね)バプテスト教会の伝道牧会に導かれました。蓮根バプテスト教会は、医療伝道の働きの中から誕生した経緯から、病院に関係する人が多く集う教会です。私が赴任した頃は、医師や看護師、病院職員を除くと、礼拝出席者は病床の人やその家族が中心で、集まる人もまだそれほど多くはなく、教会の奉仕を担う働き手が足りない状況でした。

しかし主は、この病床にある人たちで満ちる蓮根バプテスト教会での30年以上の伝道牧会の中で、困難の中でこそ与えられる永遠の命の平安と復活の希望に満ちる体験を数多くさせてくださったのです。

平穏な死を求めてホスピス病棟に入院された人が、モルヒネを打って眠りに就く前、死の不安に震えていた姿、また、別のホスピス病棟で死を目前に安らかに眠っているように見えた患者が、家族が枕元で葬儀の準備のことで言い争っていたとき、医学的にはその話が聞こえるはずがないのに、突然眠ったまま起き上がり、顔を真っ赤にして怒る姿などを何度となく見てきました。

そのような死の現実を目の当たりにしてきた視点から見るとき、平穏に見える死であっても、その死に対峙(たいじ)したときに来る死の恐れと不安は同じであるといえます。周りから見て平穏に見える死も、苦しそうに見える死も、死ぬという不安は皆同じにあるのです。死の向こうにある永遠の命と復活の希望を知らない限り、死の恐れと不安から真に解放され、勝利することはないのです。

そして、永遠の命と復活の希望とは、救い主であるイエス様を信じ、主の御霊を受けて救われ、神の永遠の命を頂き、復活の信仰に生きることです。この主イエス・キリストによって与えられる永遠の命の信仰、復活の信仰に生きることによってのみ、死の恐れから解放され、死に勝利できるのです。

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高木康俊

高木康俊

(たかぎ・やすとし)

1953年熊本県生まれ。高校生の時に菊池キリスト教会で受洗。中央大学法学部卒業後、東京地方検察庁検察事務官として6年従事し、献身。西南学院大学神学部卒業後、日立バプテスト教会で開拓伝道。目白ヶ丘教会牧師を経て、1995年から蓮根(はすね)バプテスト教会主任牧師。多数の病院で医療伝道に従事し、高齢者のフォロー、地域伝道、国内外の開拓伝道に取り組む。これまでに牧師・伝道者27人を日本、米国、オーストラリアの宣教地へ送り出す。蓮根バプテスト教会は現在、教会員約170人にまで成長し、担当牧師5人と共に複数牧会に取り組んでいる。