2026年3月22日23時23分

在外イラン人が語る複雑な心境、「悲しみ」と同時に「奇妙な希望」をもたらす戦争

イラン/デモ
イランの現体制転覆を求め、米国のトランプ・ドナルド大統領やイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を支持する写真や、革命前のイランの旧国旗などを掲げる人々=7日、英ロンドンで(写真:Loredana Sangiuliano / Shutterstock)

1980年代にイラン政府による公開むち打ちなどを目撃し、家族と共に国外に脱出した後、現在は米国に住むアルミン・アサディさんが、米国・イスラエルとイランが戦火を交える現在の状況について複雑な心境を語った。アルミンさんは、イランの地下教会との連帯を模索する中、現在の状況が悲しみに満ちたものであると同時に、「奇妙な希望」をもたらしていると話す。

米FOX系のテレビ局「KMSP-TV」(英語)によると、現在は米国籍を有するアルミンさんは、妻のアシュリーさんと共にミネソタ州で暮らしている。アルミンさんは1988年、7歳の時に家族と共にイランを脱出した。当時の状況について、「多くの惨状」を目の当たりにしたと振り返る。一家はまずパキスタンへ渡り、その後、米国に到着したという。

アルミンさんがイランを離れてから既に数十年が経過しているが、2月28日に勃発した戦争には複雑な感情を抱いている。この戦争は、米国とイスラエルがイランに対して共同軍事攻撃を行い、最高指導者のアリ・ハメネイ氏や他の政権幹部ら複数人を殺害したことで始まり、既に3週間が経過している。

アルミンさんは、開戦から約1週間の時点で行われたインタビューで、次のように述べた。

「恐怖、悲しみ、深い悲嘆、そして喪失感があります。しかし、同時に奇妙な希望の感覚も抱いているのです。もし、私たちが考えている通りのことが実際に起きているのであれば、イランは47年ぶりに自由になるのかもしれないのです。本当に驚きです」

アルミンさんによると、ミネソタ州のイラン人キリスト教コミュニティーは、今回の戦争が始まる前から、イランの人々のために祈ってきた。

「それは、人々にどう伝えればよいのか分からないほどの絶望的なレベルなのです。この文化は、現政権が誕生する何千年も前から存在していました。イランの地下教会に敬意を表し、彼らと連帯を示すために、私たちはここで教会活動をするつもりです」

米国のドナルド・トランプ大統領は2月28日の攻撃後、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」(英語)に、ハメネイ氏は「その手を何百、何千もの米国人の血で染めており、多くの国々で数え切れないほどの罪なき人々を虐殺した責任がある」と述べる動画を投稿。その上で、「昨夜、イラン全土で、イランの人々が通りで歓声を上げ、祝っている声が聞こえた」などと伝えた。

一方、戦闘はその後拡大し、イランの精鋭部隊である革命防衛隊は、イスラエルや湾岸アラブ諸国に向け、ミサイルやドローンで報復攻撃を展開している。

アルミンさんの母国に対する思いが注目を集めたのは、攻撃が始まった後、妻のアシュリーさんが自身のフェイスブックに、イランの人々のために祈るよう求める投稿(英語)をし、それが拡散されたことがきっかけだった。アシュリーさんは次のようにつづっていた。

「主よ、私たちの軍隊を守ってください。イランの人々を戦争の犠牲から守ってください。罪のない人々を保護してください。悲しむ人々を慰めてください。地下教会を強めてください。世界中のあなたの民から、聖なる戦いの叫びが上がりますように。独り善がりな思いを振り落とし、執り成し手たちを呼び覚ましてください」

アシュリーさんは投稿の中で、イランの人々は長い間戦いの中にあったが、彼らの武器は祈りと断食だったと強調。1970年代後半に実権を握った現在のイスラム政権による暴挙を指摘し、自国民を投獄し、殺害してきたと述べている。

「私たちは心の痛みを感じています。既に失われた罪のない命と、戦争の火の粉に巻き込まれるかもしれない命の重みを感じているのです。戦争は決して軽いものではなく、決してきれいなものでもありません。何らかの代償を伴います。しかし、心の痛みの下で、別の何かが湧き上がっています。それは希望です」

アシュリーさんは、夫のアーミンさんの過去についても話し、アーミンさんとその家族がイランを脱出する際、全てを捨てて真夜中に逃げなければならなかったことを明かした。アーミンさんの家族にとって、当時のイスラム政権下にとどまることは死を意味していた。

その数日後のフェイスブックへの投稿(英語)で、アシュリーさんは、アーミンさんの子ども時代についてさらに詳しく記している。それによると、アーミンさんは4歳の時に、政権を批判した罪に問われた男性が公開むち打ちに処されるのを目の当たりにした。

「これは彼が後で聞いた話ではありません。彼はそれを見たのです。群衆の混乱を感じ、その残虐さを目にしました。目に浮かんだ涙を拭ったとき、彼の体には血が飛び散っていました。彼は子どもながらに、どうして(政権批判の)言葉が命を終わらせることになるのかを理解しようとしていました」

アーミンさんは幼い頃、当時の政権によって意図的に火を放たれた男性を救おうとする祖母を手助けしたこともあった。アシュリーさんによれば、市民を威嚇するための公開処罰、また隣人がいつの間にか姿を消すことは、多くのイラン人にとって「日常の一部」だったという。

「イランの人々が自由を求めて叫んでいると聞くとき、それが数十年にわたる実体験としてのトラウマに基づいていることを理解してください。それは息子を葬った母親たちの叫びであり、沈黙を強いられた父親たちの叫びであり、あまりにも早く大人にならざるを得なかった子どもたちの叫びなのです。私たちにとって、これは政治的な問題ではありません。極めて個人的な問題なのです」