2026年3月2日22時54分

神のテスト 菅野直基

コラムニスト : 菅野直基

願っていた道が閉ざされ、予定通りに事が運ばないとき、私たちは神からのテストを受けているのです。神のテストの正答は「どんな事でも神に感謝する」ことです。感謝の理由は、①神が良いお方であり、②その神が私たちに最善以外のことをなさらないからです。

しかし、私たちはそれを知識としては知っていますが、いざ問題が自分の身に降りかかったときには、目の前が真っ暗になり、悲嘆に暮れてしまいやすいのではないでしょうか。神は私たちに、それを単なる知識としてではなく、他人事としてでもなく、「あなた自身が、本当のところ信じているのか」を問うているのです。

信仰の父アブラハムは、「息子イサクを神にささげよ!」と命じられたとき、信仰を試されました。

アブラハムは、①神の命令を聞き、②神に従う決断をし、③実際に行動に移す直前まで、信仰をテストされました。今日、もしあなたが試練のただ中にいるなら、それは神のテストを受けているのです。

この文章を読みながら、まさに自分の今置かれている状況が神のテストであったことに気付いた方がおられるかもしれません。神は、私たちが神ご自身を信頼し、神ご自身に従うことを見たいと願っておられます。ですから神は、苦しめたくて私たちに試練を与えているのではないのです。

試練は神の罰ではありません。私たちの間違った頑固さ、自信、プライドなどが砕かれるための機会です。それは、私たちをより良い道に導くためのプロセスなのです。

神を信頼する人を、神は信頼されます。そして、信頼できる人に仕事を任せたいのです。アブラハムは、神の命令に従って、息子のイサクを全焼のいけにえとしてささげることを決断しました。アブラハムはためらうことなく、神がお告げになった場所へイサクを連れて行き、イサクを縛り、刃物を振りかざしました。

その時初めて、アブラハムは神のテストに合格したのです。神は即座にストップをかけられ、イサクの代わりとなる雄羊を与えられました。

しかしこの時、イサクは死んだのです。そしてアブラハムは、信仰によって、死者の中からイサクを取り戻したのでした。

この出来事から数千年後、今度は神ご自身が私たちのために、独り子イエスを十字架にかけて殺されました。そして3日目に、神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったのです。

イエスを信じる者に、神は永遠の命を与えてくださいます。神は、私たちを試すだけのお方では決してありません。神は私たちのために、全てのものを率先して与えてくださるお方なのです。

私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。(ローマ8:32)

神は私たちに、最善以外のことをなさいません。まずは、この良い神を信じてください。全てはそこから始まります。

※ 本コラムでは、特に断りのない限り、聖書の引用は新改訳(第3版)を使用しています。

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菅野直基

菅野直基

(かんの・なおき)

1971年東京都生まれ。新宿福興教会牧師。子ども公園伝道、路傍伝道、ホームレス救済伝道、買売春レスキュー・ミッションなどの地域に根ざした宣教活動や、海外や国内での巡回伝道、各種聖会での賛美リードや奏楽、日本の津々浦々での冠婚葬祭の司式など、幅広く奉仕している。日本民族総福音化運動協議会理事。

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