
京都大学は17日、同大「人と社会の未来研究院」の熊谷誠慈教授と、株式会社テラバース(京都市)の研究開発グループが、将来的なキリスト教人工知能(AI)創成の出発点として、「プロテスタント教理問答ボット」(通称:カテキズムボット)を開発したと発表した。
熊谷氏は、仏教学とチベットの民族宗教であるボン教の研究が専門。同グループはこれまで、2021年に「ブッダボット」を、23年に新型の「ブッダボットプラス」を開発するなど、複数の仏教AIプロダクトを開発しており、カテキズムボットはこれらに続くもの。
ブッダボットプラスは、仏教経典を機械学習させた上で、対話型生成AI「チャットGPT」を利用し、ユーザーの質問に最も関連が深いとAIが判断した仏教経典の文言を回答として示した上で、チャットGPTによる解説を生成し提供する。カテキズムボットはこの枠組みを転用し、仏教経典の代わりにキリスト教文献を学習させた。
具体的に学習させたのは、マルティン・ルターの『⼩教理問答』(1529年)と『ウェストミンスター⼩教理問答』(1648年)、それに新約聖書を加えた3つの文献。「カテキズム」と呼ばれる教理問答は、キリスト教の教理を分かりやすくQ&A形式にまとめたもので、洗礼や堅信礼などの前の入門教育で用いられる。そのため、「チャットボット⽤の学習データと相性が良く、キリスト教AI開発の出発点、その最適解」として採用したという。
ルターの『⼩教理問答』と『ウェストミンスター⼩教理問答』はそれぞれ、主にプロテスタントのルーテル派(ルター派)と改革派・長老派で用いられている。
一方、各教理問答の原典をそのまま機械学習させたわけではない。チャットボットとしての精度を高めるため、原典をベースにしたQ&A形式の学習データを作成し、それを用いた。学習データは、原典の文法と文意をできるだけ損なわないよう心がけつつ、キリスト教徒以外の人でも予備知識なしで理解できる平易な日本語文体に編集した。
また、学習データの作成においては、複数のキリスト教研究者がクロスチェックする体制を構築中だという。特に、キリスト教AI開発の将来的な方向性については、宗教と科学、キリスト教と最先端技術に関する第一人者である芦名定道氏(関西学院大学客員教授、京都大学名誉教授)をアドバイザーに迎えている。
カテキズムボットは、キリスト教の教えに関する質問のみならず、⽇常⽣活に関する質問についても、回答や助⾔を行うことが可能。例えば、「どうすれば幸せになれますか」という質問に対しては、新約聖書のフィリピ信徒への手紙4章4〜7節を原典として示した上で、AIによる解説を示す。
「物価が高騰して生活が不安です」という質問に対しては、ルターの『小教理問答』の一部を提示。その上で、AIが「物価の高騰で不安を感じることは理解できますが、神は私たちの必要を満たすために常に働いておられます。日々の糧を求める中で、信仰を持ち、神の恵みに感謝しつつ、周囲の助けを求めることも大切です」と補足する。
一方、回答として示される原典部分に関しては、情報ソースが明記されるものの、チャットGPTによる補足説明部分は、ハルシネーション(幻覚)が起きる可能性があり、注意が必要だとしている。ハルシネーションとは、生成AIが事実に基づかない情報や存在しない情報を、あたかも正しい情報のように生成してしまう現象。同グループは、生成AIにはこの他、個人情報の流出や著作権侵害など、信頼性に関わる複数の課題もあることを認めつつ、順次可能な限り対策を講じていくとしている。
カテキズムボットの利用先には、国内のキリスト教系学校や神学校を想定しており、要望があれば英語圏のキリスト教界などへの導入も視野に入れているという。
今後は、ルターの『大教理問答』や『ウェストミンスター⼤教理問答』など、他のプロテスタントの重要文献に加え、正教会やカトリック、聖公会、東⽅諸教会の重要文献もデータに追加し、より重厚なキリスト教AIを構築していく考えだ。
熊谷氏は、「既存の仏教AIに加えて、今回、キリスト教AIを開発したことで、AI開発における宗教多様性を実現することができました。今後、さまざまな宗教や哲学とテクノロジーを融合した『伝統知テック』開発をさらに加速し、より豊かなデジタル⽂化を提供してまいりたい所存です」と述べている。