
創立111年周年を迎えた宝塚歌劇団が、救世軍の軍曹がヒロインの海外ミュージカル「GUYS AND DOLLS(ガイズ・アンド・ドールズ)」を、10月4日から11月14日まで東京宝塚劇場で上演する。東京に先駆け、本拠地の宝塚大劇場では7月26日から9月7日まで上演され、既に大きな反響を呼んでいる。
ブロードウェーで最も陽気なミュージカルコメディーの一つとして絶大な人気を誇る本作は、1950年に初演され、1200回ものロングランを記録。その後も世界各地で上演を重ね、ミュージカルコメディーの傑作中の傑作といわれている。
宝塚歌劇では1984年に月組が初演し、2002年に月組、15年に星組が再演。いずれも好評を博した。今回は、それから10年ぶり4度目の公演として、鳳月杏(ほうづき・あん)と天紫珠李(あまし・じゅり)をトップコンビとする月組が、演出家の稲葉太地による新たな台本と訳詞、演出で演じる(敬称略)。
聖書を12回も通読しているギャンブラー
舞台は1948年ごろのニューヨーク。ギャンブラーのスカイが、仲間のネイサンから「指名した女を口説き落とせるか」という賭けを申し込まれる。指名されたのは、お堅いことで有名な救世軍の女軍曹サラ。救世軍は19世紀末に英国で生まれたプロテスタント教会。軍隊を模した組織が特徴的で、軍曹はリーダー的な信者に与えられる役職だ。そんなサラを、プレイボーイを自認するスカイは、言葉巧みに口説き始めるのだった。
スカイは、家を出て転々とホテル住まいをしながらギャンブルで稼ぐ生活を送っているが、本名はヘブライ語で「神のしもべ」を意味するオベディア。そんな彼が唯一読むのが、ホテルに備え付けてある国際ギデオン協会寄贈の聖書で、これまでに12回も通読したという。
サラを口説こうとして入ったブロードウェイにある救世軍の伝道所(SAVE A SOUL MISSION)で、スカイはふと片隅に置かれた路傍伝道用の看板の聖句を見て、「これ、間違っているな。箴言(23章9節)ではなく、イザヤ書(57章21節)だ」と指摘する。サラはその場で聖書を開いて、しぶしぶ間違っていることを認める。
そして、スカイはサラを誘い出すために、ある提案をする。伝道所の深夜祈祷会に1ダース(12人)の罪人を参加させる代わりに、飛行機で片道5時間かかるハバナのレストランでディナーをしないかと言うのだった。
罪人たちは早い時間には起きられないから、深夜に集会を開いた方がよいというのは、スカイの「元罪人」としてのアドバイス。サラはいったんは断るものの、本部から来た上司のカートライト将軍(大将)に伝道所の業績不振による閉鎖を宣告され、将軍に1ダースの罪人が深夜祈祷会に来ることを宣言してしまう。
舞台上に掲げられた5本の十字架
今回の演出では、伝道所の場面に出てくる5本の十字架のセットが印象的だ。本来、教会(伝道所)に掲げられるシンボルとしての十字架であれば、1本で十分なはず。明らかに演出家の意図を感じるが、この5本の十字架については、パンフレットに説明はなく、本編でも触れられていない。
いろいろ考えてみたが、これは恐らく、ポスターに掲載されているスカイ、サラ、ネイサン、アデレイド(ダブルキャスト)、ナイスリーの5人を指しているのではないだろうか。アデレイドはネイサンの長年の婚約者であるナイトクラブの歌手で、ナイスリーはネイサンの仲間だ。ストーリーの中に5という数は他に見当たらないし、サラを含む救世軍側の登場人物は8人だ。
過去に宝塚歌劇で上演された本作のポスターに掲載されているのは、いずれもスカイ、サラ、ネイサン、アデレイドの4人だった。調べてみると、救世軍の本部があるロンドン版のポスターには、今回の宝塚版と同じく、4人に加えナイスリーが入っているバージョンがある。
ちなみに、本作は初演されたブロードウェーよりも、ロンドンの方が人気があるらしい。また、演出に際して稲葉は今回、脚本もオリジナル版の下訳を依頼し、宝塚版の過去の台本は改めて読まなかったという。
伝道所の5本の十字架に話を戻すと、これはスカイとサラだけでなく、ネイサン、アデレイド、ナイスリーも最後には救われることを示唆しているように思われる。そして、これらの十字架は、両端の2本がひときわ大きく、真ん中の3本はやや小さい。話が進むにつれ、両端がスカイとサラで、真ん中の3本がネイサン、アデレイド、ナイスリーを示しているように見えてくる。

伝道所でドミノ倒しのように起こる奇跡
この作品で最も有名な場面の一つは、スカイが「Luck Be A Lady」を歌いながらサイコロを振る場面だ。スカイはサラとの約束を守るため、ギャンブラーたちに「俺が負けたら、1人当たり千ドル払う。俺が勝ったら、全員今夜の伝道所でのお祈り集会に参加する」という条件のクラップゲーム(サイコロ賭博)を持ちかける。
もちろん、スカイはこのゲームに勝って、ギャンブラーたちは全員おとなしく伝道所に入っていく。その人数は、当初スカイがサラに保証した1ダースの倍だ。(神はスカイと救世軍の人たちの祈りを聞かれ、2倍の罪人を送ってくださった!)
救世軍の人たちは大喜びで、早速ギャンブラーたちに証言(証し)をするように促す。その中で「クラップゲームに負けたから来た」という発言を聞いたカートライト将軍は、「つまり、これは賭けの結果だということですか。悪から善が生まれる。素晴らしい!ハレルヤ!」と神を賛美し、救世軍の人たちもギャンブラーたちもつられて「ハレルヤ!」と言う。
ナイスリーの救いの証し
この流れに背中を押されるように、ナイスリーがおずおずと自分が見せられた夢の話をし始める。それが、この作品の肝となるナンバー「Sit Down, You’re Rockin' The Boat(座れ、舟が揺れる)」だ。今回の演出では、ゴスペル風のアレンジになり、センスが光る場面でもある。
伝道所は、ナイスリーの証しが始まるとともに、たちまち「天国行きの舟の中」へと変わる。舟の帆には「HEAVEN(天国)」の文字が書かれており、一番高い場所には赤い軍服を着た救世軍の人たちが並んで立っている。その中で、ナイスリーは悪魔に魂を売ってはいけないこと、また自分自身が天国行きの舟を揺らしていたことに気付き、「神様、ありがとう。俺に気付かせてくれて」と感謝する。
ここで特記すべきは、ナイスリーが舞台のセンターで歌うことである。30人余りが歌う大ナンバーの舞台には、トップコンビが演じるスカイとサラ、そして2番手のネイサンがいる。宝塚歌劇団のスターシステムを知っていると、この大胆な演出にまず驚くだろう。
しかし、救いの証しは、その人の人生における最大のハイライトというだけでなく、「一人の罪人が悔い改めるなら、神の天使たちの間に喜びがある」(ルカ福音書15章10節)とあるように、天国をも湧かせることのできるものである。この場面でセンターにいるのは、ナイスリーが証しする「神」なのだと考えれば納得できる。(ナイスリーが一貫して白いスーツなのも、一番救いに近いギャンブラーという暗喩のように感じるが、深読みし過ぎだろうか)

元ギャンブラーの路傍伝道
最後の場面では、深夜祈祷会で悔い改め、クラップゲームの元締めを辞め、新聞スタンドで働くようになったネイサンが正装し、ウエディングドレスを着たアデレイドと結婚の日を迎えるが、肝心の式場の予約を忘れていたことに気付く。そこに、救世軍の伝道所で結婚式を挙げたばかりのスカイとサラが。赤い軍服を着てスカイは大太鼓を、サラはタンバリンをたたきながら通りかかる。スカイとネイサンが互いに「ブラザー」と呼び合っていることから、2人とも信仰の兄弟になったことが分かる。スカイは、伝道所で結婚式を挙げさせてくれというネイサンの頼みを快諾する。
そして、スカイが大太鼓をたたきつつ、自分が救われた証しを歌いながらエンディングの曲につながっていく。2015年に初めて本作を観劇したときは、まさか宝塚歌劇の舞台で救世軍の路傍伝道を見ることになるとは思っていなかったので、油断していた。
「あのギャンブラーのスカイが、救われただけでなく、救世軍の軍服を着て路傍伝道までやってしまうんだ。そんなところまでミュージカルでやってしまうんだ。何かものすごいものを観てしまったような気がする……」
その時に感じた本気の伝道ミュージカル感がいっそう強くなった今回の公演についてお伝えできることは、この上ない喜びであり、感謝なことだと思っている。
残念ながら、本作のチケットは既に完売しているが、10月24日にはブルーレイ、DVD、CDがそれぞれ発売される(詳細はこちら)。また、11月16日午後1時半からの千秋楽公演は、全国の映画館でライブ中継されるほか、宝塚歌劇の動画配信サービス「タカラヅカ・オン・デマンド」でライブ配信されることが決まっている(詳細はこちら)。
今からでも観劇する方法はあるので、クリスチャンの皆さんにも何らかの形で一度は観ていただきたいと思いながら、この文章を書いている。
また、兵庫県宝塚市では9月30日午後5時から、宝塚駅近くの会場で祈り会が開催される。同市では昨年9月30日にも、クリスチャンの有志らが祈りのコンサートを開いている。参加には予約が必要で、問い合わせ・申し込みはグロリア・パブリケーションズ(メール:[email protected]、電話:090・8008・6208)まで。
■ 宝塚大劇場の「GUYS AND DOLLS」初日舞台映像
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篠崎さつき(しのざき・さつき)
1967年生まれ。98年受洗。学生時代から執筆活動を始め、放送作家、作家、雑誌記者、キリスト教系新聞記者、フリーペーパー編集長、出版社での校正・校閲業務などを経て、現在はフリーランス。篠崎さつきはペンネーム。