アゼルバイジャンはカスピ海に面し、東欧と西アジアの交差点に位置する。北はコーカサス山脈、中央部は平野と高原が展開する地形を特徴とする国である。山岳地帯や平地が国土の約40%を占め、多様な自然環境と動植物を有する。カラバフ馬など固有の品種も知られている。
歴史的には、古代よりペルシア、ローマ、アラブ、セルジューク、モンゴルなど、複数の勢力に支配されてきた。キリスト教の伝来が始まったのは4世紀とされているが、一方、アルメニア使徒教会の伝承によれば、使徒バルトロマイやタダイがこの地に福音をもたらしたという。
その後7世紀のアラブ侵攻以降、イスラムが支配的となり、ロシア帝国支配下の19世紀に東方正教が限定的に復活した。1918年に独立を宣言したが、20年にソ連の一部となり、宗教活動は厳しく制限された。91年に再び独立を回復し、旧ソ連体制から脱却したのである。
人口は約1020万人(2024年推定)で、うちシーア派イスラム教徒が大半を占める。1991年当時、アゼル人キリスト者はわずか40人とごく少数であった。しかし現在では1万人以上が信仰者となり、首都バクーを中心に教会が増えている。イラン国内のアゼル系民族にも信者が多数存在する。アゼル人出身の信者は独自の音楽、文学、詩、礼拝形態を創出している。
近年、多くのプロテスタント教会が地下集会として発展し、家族や知人から始まった小規模なグループが、法律上登録に必要な50人を超える規模へと成長している。パンナホフ牧師の率いたヴィンヤード教会では、パンデミックやナゴルノ・カラバフ紛争を機に、多数の洗礼者を生み出した。また、政府が一部で宗教集会の合法化を進めている傾向もあるが、信徒数50人未満の団体はまだ登録が認められず、活動に制限がある。
総じて、アゼルバイジャンは公式には信仰の自由が認められているものの、イスラム多数の中において、文化的な反対や圧力がキリスト教会の成長を妨げている。しかしながら、そのような逆風の中で教会は着実に成長しているのである。
アゼルバイジャンの教会成長と救霊のために祈っていただきたい。
■ アゼルバイジャンの宗教人口
イスラム 87・6%
正教会関係 2・6%
カトリック 0・01%
プロテスタント 0・2%
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