宗教界のノーベル賞と呼ばれる「テンプルトン賞」の今年の受賞者が、南アフリカの心理学者、プムラ・ゴボドマディキゼラ氏(69)に決まった。同賞の公式サイト(英語)で4日、発表された。
現在、南アフリカのステレンボッシュ大学教授や国立研究財団(NRF)研究教授を務めるゴボドマディキゼラ氏は、1990年代に同国のアパルトヘイト(人種隔離政策)による人権侵害などを検証する「真実和解委員会」で重要な役割を担った。その後も、アパルトヘイト後の南アフリカにおける世代を超えたトラウマや赦(ゆる)しのメカニズムについて研究し、紛争後の社会的癒やしのための「修復的探求(Reparative Quest)」と呼ばれるモデルを構築した。
テンプルトン賞の主催団体の一つであるジョン・テンプルトン財団のヘザー・テンプルトン・ディル会長は、ゴボドマディキゼラ氏について、「南アフリカがアパルトヘイトを乗り越える道筋を描く際に導きの光となり、人々が個人的、集団的なトラウマを克服することを助ける対話を促進してきました」と評価。「彼女の研究は、現代を生きる上で、希望、思いやり、和解という精神的価値を育むことの重要性を強調しています」と話した。
ゴボドマディキゼラ氏は1955年、ケープタウン郊外最古の黒人居住区とされるランガで生まれた。アパルトヘイトの差別に満ちた時代に幼少期を過ごし、町を走る戦車から身を隠した記憶もあるという。しかし、雑貨店を営んでいた両親は、ゴボドマディキゼラ氏に思いやりと誠実さの大切さを教え、愛情を持って育てた。
当時の南アフリカで、黒人の女子が通える唯一の私立学校だった東部ダーバンの全寮制高校「イナンダ神学校」に通ったゴボドマディキゼラ氏は、その後、フォートヘア大学、ローズ大学、ケープタウン大学で学び、心理学の博士号を取得。心理学者としての道を歩む。
アパルトヘイトが終焉(しゅえん)を迎えると、ノーベル平和賞を受賞した南部アフリカ聖公会の故デズモンド・ツツ大主教(当時)が委員長を務める真実和解委員会に加わる。ツツ大主教は、2013年にはテンプルトン賞も受賞している。
同委西ケープ州事務所の人権侵害委員会委員長となったゴボドマディキゼラ氏は、反アパルトヘイト運動家を標的とする警察の悪名高い秘密暗殺部隊「ファルークプラス」の隊長を務め、「極悪人」と呼ばれたユージン・デコック受刑者(当時、2015年に仮釈放)らから聞き取りを行うなどした。
デコック受刑者は1996年、殺人6件を含む89件の罪で有罪となり、2つの終身刑と212年の禁錮刑を命じられていた。ゴボドマディキゼラ氏は97年、獄中でデコック受刑者と面会し、約3カ月にわたって、彼が犯した残酷な殺人と後悔の念について話を聞いた。
この時の記録は、『A Human Being Died That Night: A South African Story of Forgiveness(その夜、一人の人間が死んだ:南アフリカの赦しの物語)』として2003年に出版されており、ゴボドマディキゼラ氏はこの本で、複数の賞を受賞している。
ゴボドマディキゼラ氏はテンプルトン賞の受賞を受け、「真実和解委員会で働いていたときに出会った多くの人々を通じて、普通の人々がある状況下では、私たちが想像するよりもはるかに大きな悪を犯す可能性があることを知りました。しかしそれ故に、私たちは、自分たちが考えているよりもはるかに大きな善を行うこともできるのです」とコメント。「私の研究は、この人間変容の可能性に基づいており、人間であることの意味、つまり他者の尊厳と命を守りたいという価値観を回復するために必要な条件をより深く理解しようと探求するものなのです」と述べた。
テンプルトン賞は、世界で最も高額な賞金が贈られる世界最大級の年間個人賞の一つ。現在の賞金は130万ドル(約2億円)だが、定期的に調整され、常にノーベル賞の賞金を上回る金額が贈られる。
世界的な投資家で篤志家、また長老派のクリスチャンとして知られる故ジョン・テンプルトン氏が1972年に設立した。第1回の受賞者はマザー・テレサで、テゼ共同体の創始者であるブラザー・ロジェや大衆伝道者のビリー・グラハム氏、Cru(旧キャンパス・クルセード・フォー・クライスト=CCC)の創設者であるビル・ブライト氏など、キリスト教関係の受賞者も多い。日本人では、立正佼成会の開祖である庭野日敬(にっきょう)氏が受賞している。
宗教間の対話や交流に貢献した存命の宗教者や思想家、運動家などに贈られてきたことから、「宗教界のノーベル賞」と呼ばれてきた。現在は「科学の力を活用し、宇宙とその中における人類の位置付けと目的に関する最も深い問題の探求」に貢献した模範的な個人に贈られる賞とされ、科学者の受賞者も多い。