2024年3月14日10時12分

サミュエル・スマイルズ著『自助論』 聖書の言葉も引用された自己啓発書の先駆け

コラムニスト : 栗栖ひろみ

サミュエル・スマイルズ著『自助論』 聖書の言葉も引用された自己啓発書の先駆け
サミュエル・スマイルズ著、三輪裕範編訳『超訳 自助論 自分を磨く言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年)

世界中の青年の自立を助けた名著。「天は自ら助くる者を助く」という名言に表された自主独立の精神は、西欧では教育の土台とされ、あらゆる分野の人々を成功に導いてきた。キリスト教思想が土台とされた教養書の白眉といえよう。

著者と『自助論』について

著者のサミュエル・スマイルズは1812年、スコットランドに生まれた。外科医を志し、開業したが、後にリーズ・タイムズ紙の編集長となり、ジャーナリストとして活躍した。その後、鉄道事業にも関わり、蒸気機関車の発明者ジョージ・スチーブンソンをはじめとする産業革命で功績のあった人々の伝記を書いて好評を博したことから、著述家としても認められた。

そのうち、偉人の生涯の中から教訓を学ぶ必要性を感じ、1859年に『自助論』(原題:SELF-HELP)を出版したところ、世界各国で反響を呼び、爆発的ヒットとなった。この書はスマイルズが亡くなる1904年までに英国で25万部以上売れ、英国以外でもフランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、アラビア語、トルコ語などに訳され、各国で出版された。

日本においては1871(明治4)年、中村正直によって『西国立志編』というタイトルで出版され、ベストセラーになった。これは明治時代の青年たちに大きな影響を与え、その中の多くの者たちが各分野で成功を収めている。

サミュエル・スマイルズ
ジョージ・リードによるサミュエル・スマイルズの肖像画

万人のための『自助論』

本書はまた、現代において一つの分野を形作っている「自己啓発」の先駆けとなったことでも注目されている。数ある自己啓発書の多くが、何らかの形でこの名著を焼き直しているともいえよう。

しかし、著者はこの書の中で単に成功への道しるべを述べているのではなく、精神修養の大切さを多くの実例と共に教えてくれている。現代社会の中では「効率」が何よりも重要視され、自ら努力せずにすぐに良い結果が得られる方法が歓迎される。また、つらいこと、苦しいこと、忍耐することなどは極度に嫌われる傾向にあるが、こうした時代であるからこそ、『自助論』で述べられている、多少古臭い教訓ともいえる「自助の精神」がもう一度見直される必要があるのだろう。

内容紹介

ここで紹介する『超訳 自助論 自分を磨く言葉』は、原著全てを訳したものではなく、大切なメッセージを抜き出した「エッセンシャル版」。現代人にも分かりやすいよう意訳した「超訳」シリーズの一冊で、伊藤忠経済研究所(現・伊藤忠総研)所長などを務めた三輪裕範氏が編訳した。10項目の見出しが立てられ、それぞれ実例を挙げて親しみやすく自己修養の仕方が述べられている。全部を紹介できないが、その中から主なものを紹介させていただく。

Ⅰ. 自助の精神

<どんな困難も絶対的な障害にはならない>

科学にしろ、文学にしろ、芸術にしろ、どんな分野の偉人であれ、恵まれた環境の中で生まれ育った人ばかりではない。(中略)そうした人物の人生を見ていると、どんなに乗り越えがたいと思われる困難でも、決して絶対的な障害にはならないことがよくわかる。(11ページ)

<意志さえあれば何でもできる>

多くの場合、困難は逆に、人を助ける最大の援助者になる。(中略)障害を乗り越えて勝利を得た例は歴史上数多い。そのことを見事に表現しているのが、「意志さえあれば何でもできる」という言葉である。(12ページ)

Ⅱ. 勤勉の精神

<苦労して手に入れたパンほどおいしいものはない>

ある詩人は、「神は天国への旅の道中に労働と苦労という関門を置いた」と書いたが、(中略)自らの努力と苦労の末に手に入れたパンほどおいしく感じるものはないのだ。(26ページ)

<どんな芸術にも忍耐力が不可欠だ>

ルカ・デラ・ロビアは、エナメルを使った陶器製作術を恐るべき忍耐力で復活させた。(中略)後世に残るような素晴らしいものをつくり上げ名声を残すのは、飽くことなき観察と絶え間なき努力である。(28ページ)

<希望を持ち続ける>

どんな逆境にあっても決して希望だけは失ってはならない。(中略)希望を持ち続け、逆境から立ち上がる勇気を持ってやり続ければ、必ず何事もいつか成就させることができる。(44ページ)

<想定外の事態にもめげない精神力>

トーマス・カーライルは書き上げたばかりの『フランス革命史』第一巻の原稿を隣人に貸したことがあった。(中略)ところが不幸にもその隣人は原稿を居間の床に置きっ放しにしてしまったため、反故(ほご)紙だと勘違いした家政婦が台所の火をつけるために燃やしてしまったのである。(中略)しかし、そんな事態にもめげることなく、カーライルは不屈の精神力で再び執筆に取りかかり、ついにその原稿を完成させたのである。(45ページ)

<日中の単調な仕事が夜の自由な時間を輝かせる>

ウォルター・スコットは若い頃、法律事務所で文書の筆写をしていた。その仕事はうんざりするほど単調でつまらない仕事であった。しかし、日中そうしたつまらない仕事をしていたからこそ、スコットは自由になる夜の時間を一層大切なものに感じ、毎日深夜に及ぶまで読書と勉学に専心することができたのだった。(48ページ)

Ⅲ. 自ら好機をつくる

<ひらめきの陰に地道な努力あり>

偶然の幸運としてすぐ思い出されるのは、ニュートンが木からリンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を発見したというエピソードである。(中略)そうした長年にわたる地道な努力があったからこそ、ニュートンはリンゴが落ちるのを見た瞬間にひらめき、大発見ができたのだ。(55ページ)

<毎日1時間を10年続ければ一分野で秀でることができる>

ちょっとした時間も無駄にせずコツコツと辛抱強く努力していけば、それは積もり積もって偉大な成果につながる。(中略)毎日たった1時間でもいいから勉強を続けていきなさい。10年もたてば、無知な人でも見違えるほどの博識になれるだろう。(64ページ)

<書き留めておく習慣を持つ>

心に浮かんだ考えや見聞きした事実などを書き留めておく習慣をつけることは、非常に大切だ。(中略)哲学者のベーコンは「執筆用の断想」と名付けた数多くの原稿を書き残しているが、こうして折に触れて地道に書き残したものが、のちに花を咲かせることになったのである。(70ページ)

Ⅳ. 才能と精進

<不断の修練と努力が傑作を生み出す>

ミケランジェロは同時代のどの芸術家よりも長時間創作に熱中した人であった。夜中に突然起き出して仕事の続きをすることは珍しくなかったし、起きてすぐ仕事に取りかかれるように寝間着に着替えず寝ることもあった。(75ページ)

<ひたすら粘り強く努力を続ける>

もう一人、努力の画家として有名なのがデイビッド・ウィルキーである。(中略)彼はのちに次のように語っている。「私が画家として成功したその唯一の理由は、自分が天賦の才を持っていたからではない。ひたすらたゆまず努力したからだ」(79ページ)

Ⅴ. 勇気と気概を持って前進せよ

<一度に一つのことを根気強くやる>

仮に自分に平凡な能力しかなかったとしても、一度に一つのことを根気強く集中して行う習慣を身につけることができれば、あとで大きな成果を残すことができるだろう。それはまさに「自分がなすべきこと、それを全力を挙げて行え」という聖書の教えの通りである1。(88ページ)

<達成できると強く思えば、それだけで達成できたも同然だ>

達成できると心に強く思うようにしよう。それだけで達成できたも同然である。(94ページ)

Ⅵ. 勤勉に、正確に、誠実に

<誠実に働いて生活の糧を得る>

偉人と呼ばれるような人たちも一方では高貴な目的を追求しながら、その一方では誠実に働き、生活の糧を得ることを軽蔑するようなことは決してなかった。スピノザはレンズ磨きをしながら哲学の探究を続けたし、シェークスピアも劇場の支配人として大きな成功を収めた。ニュートンも有能な造幣局長官であったし、リカードも証券仲買業者として働きながら富を築き、好きな経済学の研究に励んだのだった。(97ページ)

<日々の雑事を能率的にこなす>

思想家として名高いジョン・スチュアート・ミルは東インド会社に勤務していたが、彼が同社を退職するときに同僚からの称賛と尊敬を受けたのは、彼の高邁(こうまい)な思想や哲学ではなかった。それは彼が同社の部長として極めて能率的に仕事をこなしていたことに対してであった。(98ページ)

<ちょっとしたことを誠実に繰り返す>

毎日の生活において最も大切なことは、日々のちょっとしたことを誠実に繰り返して確実にこなしていくことだ。人格というのは、まさにそうしたちょっとしたことを毎日繰り返し行っていくことによって形成されるのである。(108ページ)

Ⅶ. お金と美徳

<お金は正しく使う>

お金を正しく使うということは倹約や節制など現実の生活において必要な美徳であるだけではなく、寛容、誠実、正義、自己犠牲の精神など、人格的な美徳をじっくり育て上げることとも密接に関係しているのである。(122ページ)

<倹約は快活と希望の源泉である>

倹約してお金を貯めることは困窮に対する砦(とりで)であり、人格に快活さを与え、希望を生み出す源泉ともなるのだ。(127ページ)

<節約は人を寛容にする>

節約とは思慮分別の娘であり、節制の姉妹であり、自由の母なのだ。(131ページ)

Ⅷ. 自己研鑽の精神

<自ら勉強することで知識は身につく>

自らの勤勉と努力によって得た知識だけが完全に自分の所有物となるのである。(146ページ)

<あれこれ手を出すと雑な仕事しかできない>

イグナチウス・デ・ロヨラ2の箴言の一つに、「一度に一つの仕事をしっかりする人間こそ誰よりも多くの仕事をする」というのがある。(153ページ)

<逆境こそ真の力を発揮させてくれる>

困窮はたしかに苦しいことだ。しかし、そうした困窮こそが最高の教師であることがいずれわかるようになる。(171ページ)

Ⅸ. 模範となる人々

<人間の行為は不滅である>

たとえ肉体は埃(ちり)や空気となって消え去ったとしても、その善悪の行為は死んでからも将来の世代に大きな影響を与えていくことになるのだ。(180ページ)

<自ら先頭に立って模範となれ>

人を動かして何かしてもらいたいと思うなら、単に言葉で言うだけではうまくいかない。実際に自ら行っているところを見せて手本を示さなければならない。(183ページ)

Ⅹ. 人徳を身につける

<高みを目指せ>

たとえ実現することはできないとしても、人は人生においてできるだけ高い目標を持ったほうがよい。政治家のベンジャミン・ディズレーリは言っている。「顔を上げて上を見ようとしない若者は、いつも下ばかり向いているような人間になるだろう。空高く飛び立とうとしない精神は、地べたを這(は)いつくばる運命をたどることになるのだ」(194ページ)

<努力は決して裏切らない>

生活と思考の両面で高い目標を持った人は、そうした目標を持たない人よりも成功する可能性が確実に高くなる。(195ページ)

<物事の明るい面を楽天的に見る>

物事の明るい面を楽天的に見る習慣を身につけることは、知識を身につけることよりも遥(はる)かに大切なことだ。(199ページ)

<人は違って当たり前と受け入れる>

人はそれぞれ意見が違って当然である。違う意見もよく聞いて、自分と違いがあることを受け入れようではないか。(201ページ)

<心豊かな人は、貧しくても実際にはすべてを持っている>

これについて聖パウロは次のように語っている。「貧しくとも心豊かな人は何も持っていないようだが、実際にはすべてを持っているのだ。それに対して、金持ちであっても心貧しい人はすべてを持っているようだが、実際には何も持っていないのだ」3(203ページ)

※ この記事は、サミュエル・スマイルズ著、三輪裕範編訳『超訳 自助論 自分を磨く言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年)を基に執筆しています。

  1. 旧約聖書・コヘレトの言葉9章10節の引用で、新共同訳では「何によらず手をつけたことは熱心にするがよい」
  2. イエズス会の創設者の一人で初代総長
  3. 原著では、前半部分「貧しくとも心豊かな人は何も持っていないようだが、実際にはすべてを持っているのだ」のみパウロの言葉として引用されており、後半はスマイルズの言葉として記されている。パウロの言葉は、新約聖書・コリントの信徒への手紙二6章10節の引用で、新共同訳では「無一物のようで、すべてのものを所有しています」

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。