2024年3月8日08時32分

使命とそれに沿った目標設定 菅野直基

コラムニスト : 菅野直基

Mr. ビーンの映画の一コマに、大きな魚を釣ったけれど、自分が持っているフライパンより大きいので海に逃がして、フライパンのサイズに合う魚だけを釣って持って帰るというシーンがあります。笑ってしまいますが、大切なことを教えてくれているように思います。

フライパンと魚は、私たちの使命とそれに沿った目標設定の仕方を教えてくれるのではないかと思います。自分の使命とは、自分が得意なこと、命を懸けても惜しいと思わないことだと思いますが、本当に使命を知りたかったら、自分を造られた神と出会うことから始めるべきです。

フライパンは、誰かがその形や大きさを考え、設計し、作ったはずです。偶然、フライパンができたのではありません。フライパンの機能は、その設計者、メーカーが一番よく知っています。

フライパンを、テニスや卓球のラケットに使えないわけではありません。しかし、それには向いていません。

神様と出会うことによって、あなた自身が、どのような賜物と使命を与えられて造られたのかが分かるようになります。文系や理系などという人間が決めた枠ではなく、神があなたに定めた枠があるはずです。

私は、一教会の牧師だけという枠にははまりません。神と人とに仕えていますが、さまざまな会のお世話をしたり、消防団、防災士、路傍伝道など、与えられた使命に応じた活動をしています。使命を知ったら、どの仕事を「するか」「しないか」の迷いがなくなります。

自分のフライパンと、そのサイズに合う魚の大きさを知っていたら、「こんな仕事引き受けなければよかった」とか「何であの仕事を断ってしまったのだろう」と後悔しないで済みます。

Mr. ビーンが自分の持っているフライパンに合わない魚を海に戻したように、あなたが自分の使命を知っているならば、岐路に立たされ、決断が迫られても優柔不断にならなくて済むはずです。

「自分」という字は「自分に与えられた分がある」ということを暗示しています。

「レビの子らよ、分を越えているのはあなたたちだ」(民数記16:7)

「だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい」(ローマ12:3)

自分に与えられた分を超えることは思い上がりです。悪魔は、初代の天使長ルシエルでしたが、自分に与えられた分を超えて神になろうとしました。堕天使ルシファーはサタンとなりました。悪魔は、人に思い上がった思いを与えて堕落させようとします。思い上がって何かをしようとしても、それは絶対にうまくいきません。仮にうまくいったように見えても、悪魔の手先になるだけです。

目標は、自分に与えられた使命、そして分を超えることのない範囲であるべきです。そして、小さ過ぎてはいけません。やる気が出ないからです。大き過ぎてもいけません。一向に目標が達成できず、失望し、絶望せざるを得ないからです。

神があなたと私に与えられた使命に沿って目標を立てて、そこに向かって生きていきましょう。

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菅野直基

菅野直基

(かんの・なおき)

1971年東京都生まれ。新宿福興教会牧師。子ども公園伝道、路傍伝道、ホームレス救済伝道、買売春レスキュー・ミッションなどの地域に根ざした宣教活動や、海外や国内での巡回伝道、各種聖会での賛美リードや奏楽、日本の津々浦々での冠婚葬祭の司式など、幅広く奉仕している。日本民族総福音化運動協議会理事。

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