2022年1月17日13時15分

「寄り添う」ことの大切さと難しさを問い掛ける秀作 映画「前科者」

執筆者 : 青木保憲

「寄り添う」ことの大切さと難しさを問い掛ける秀作 映画「前科者」
©2021 香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

2022年に入り、「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」のメガヒット現象が日本でも起こっている。劇場が活況になることはいいことだ。とはいえ、コロナ禍でハリウッド大作が停滞したため、その穴を埋めるように公開館数を増やしてきた良質の日本映画が再び隅に追いやられてしまう。これは嘆かわしいことだ。現在はその過渡期だといえよう。

そんな中、この1月から3月にかけて、奇しくも同じテーマを扱った作品が公開される。その一つが「前科者」である。1月28日の劇場公開に先立ち、WOWOWで主人公の前日譚(たん)に当たるドラマ版「前科者―新米保護司・阿川佳代―」(全6話)が放送された(現在は、WOWOWオンデマンドとアマゾン・プライム・ビデオで配信中)。主演は有村架純。原作は「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で2018年から連載中の同名の人気漫画である。監督は「二重生活」「あゝ、荒野」(前篇・後篇)の岸善幸。ちなみに筆者は、「あゝ、荒野」(後篇)のクライマックスであるボクシングシーンは日本映画史に残る名シーンだと考えている。

さて保護司とは、保護司法と更生保護法に基づき、法務大臣から委嘱を受けた非常勤の国家公務員で、犯罪や非行に陥った人の更生を任務とする職務である。基本無報酬(活動内容に応じて実費弁償金は支給される)で、民間のボランティアによって成り立っている。つまり「生活の糧としての職業」ではなく、この働きに意義や意味を見いだした人々の手によって運営されているのである。正直、このあたりの法制度についてはほとんど知らなかった。不勉強を恥じた次第だ。

「寄り添う」ことの大切さと難しさを問い掛ける秀作 映画「前科者」
©2021 香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

ドラマ版で描かれたような新米時代を終えた保護司・阿川佳代(有村架純)は、会社の同僚を刺殺した罪で前科者となった工藤誠(森田剛)と向き合うことになる。いつものように優しく元犯罪者の更生を手助けしようとするその姿は、どことなく現代キリスト教会の牧師のイメージと重なるように思えた。考えてみれば牧師も、保護司に近い働きで社会に貢献していることになる。基本無報酬(教会からの献金のみ)で、どこか心に傷を負った人々と向き合い、そして彼らの更生(キリスト教用語では「救い」)のために尽力する。そこには、単に自教会の信者を増やすというだけでなく、キリスト教精神に基づいて、個々人が社会でたくましく生きていけるように手助けするという「広い意味での福音宣教」が重ねられている。いつしか主人公の阿川に自らの牧師像を重ねて観てしまうのは、職業柄致し方ないことなのかもしれない。

映画そのものの出来は、さほど傑出しているとは思えない。物語の流れにところどころ無理が見られ、ご都合主義的なストーリー展開も否めない。しかし、それを補って余りある阿川のキャラクターが本作最大の魅力となっている。劇中、自らの職務に疑問を抱いてしまった阿川に対し、友人(元犯罪者で、更生し社会生活をまっとうに送っている女性)が、次のような内容を語り掛けるシーンがある。

「犯罪を犯した後で会うやつら(警察官、弁護士、裁判官など)は、まっとうで強い人間ばっかり。あいつら世間を代表したような気になって『今日からまともになれ』って言いやがった。でも佳代ちゃんは違った。佳代ちゃんが隣にいると落ち着ける。前科者に必要なのは、あんたみたいな人間だよ」

「寄り添う」ことの大切さと難しさを問い掛ける秀作 映画「前科者」
©2021 香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

ここに本作のテーマが熱く語られている気がした。映画ならではのサスペンスやどんでん返しを取り込んで2時間余りの作品にしているため、どうしてもヒューマンドラマとしての相性は良くない。しかしそれを補って余りあるのは、この「寄り添う人」の描写である。

聖書に次のような言葉がある。

キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。(新約聖書・ピリピ人への手紙2章6~7節)

これこそが「寄り添う人」の姿である。現代は、頭ごなしの叱責や激励は好まれないようだ。むしろ葛藤し、苦しむ人々に寄り添い、彼らを包み込むことで、その人自らが変貌を遂げていく姿を見守ることこそ、求められているのかもしれない。

「寄り添う」ことの大切さと難しさを問い掛ける秀作 映画「前科者」
©2021 香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

そんな「寄り添う人」として、阿川は描かれている。何事にも実直で、やれることは全力で取り組む。時としてそのストレートな性格の故に失敗したり落ち込んだりする。有村が演じているからかわいいと思って観ていると、いつしかそこに実在の「阿川佳代」がたたずんでいるような錯覚に陥ってしまう。それくらい有村の自然な演技を堪能することができる。そしてその姿に「一匹の羊を探す牧者」と共通するものを感じられた。

本作はぜひ、全国の牧師の皆さんにご覧になっていただきたい。きっとスクリーンの中に自分の姿、またはかつてそのような意欲に燃えていた頃の自分のパッションを見いだすことだろう。そして劇場を去るとき、「もう一度!」と心新たにすることができるはずである。

■ 映画「前科者」予告編

■ 映画「前科者」公式サイト

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青木保憲

青木保憲

(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科修了(修士)、同志社大学大学院神学研究科修了(神学博士)。グレース宣教会牧師、同志社大学嘱託講師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(明石書店、12年)、『読むだけでわかるキリスト教の歴史』(イーグレープ、21年)。