2020年11月12日11時43分

新大統領はジョー・バイデン氏? 米国の変化に福音派はどう向き合うか

執筆者 : 青木保憲

新大統領はジョー・バイデン氏? 米国の変化に福音派はどう向き合うか
米中西部アイオワ州マーシャルタウンで行われた地元イベントで支持者と写真を撮るジョー・バイデン氏=2019年7月4日(写真:Gage Skidmore)

2020年の米大統領選は予想通り「まれに見る大接戦」となった。現時点の得票数は、民主党のジョー・バイデン氏が7700万票、共和党で現職のドナルド・トランプ氏が7200万票である。バイデン氏は、歴代最高の得票数となった。現時点でも集計が進んでいるとのことであるから、もう少し上乗せされることが予想されるが、いずれにせよ双方とも、これまでの歴代最高であった2008年のバラク・オバマ前大統領の第1期目の得票数6950万票を上回る結果となっている。また、4年前にトランプ氏が当選した際に獲得した票数が6300万票だったことから、第2期を求めるトランプ派の票も900万あまり増えた計算となる。

しかし、今回の選挙を「総括」するのは早計である。なぜなら、トランプ氏は自らの負けを認めず、「不正が行われた」と主張し、裁判でこれを争う考えを表明しているからだ。つまり、まだ選挙は終わっていないのだ。少なくとも現時点では。こういった状況で一体何が言えるだろうか。「勝負は下駄(げた)を履くまで分からない」というが、これから何が起こるか分からない疑心暗鬼の中、それでも今回の選挙で浮き彫りになった幾つかのポイントを挙げることはできる。そして、それは米国の福音派の今後の在り方に大きな影響を与えるものばかりである。

まずもって掲げなければならない問いは、「民主党は勝利したか」ということである。ご存じの通り、米国の民主党といえば、公民権運動以来リベラル路線を拡張させてきた。アフリカ系米国人の人権を法的に擁護し、その後は女性の権利として中絶を法的に認めさせ、近年は同性愛(同性婚)にも理解を示すことで、「ダイバーシティー」(多様性)を訴え続けてきた。

2016年、おそらくほとんどの人がビル・クリントン元大統領の妻であり、国務長官を務めたヒラリー・クリントン氏の勝利を予想していただろう。しかし結果として、トランプ大統領が誕生した。これに慌てたのが民主党陣営である。

18年の中間選挙では何とか下院を奪還し、20年の大統領選挙では絶対にトランプ氏を大統領の座から引きずり下ろすことを目標に活動を継続してきたことは想像に難くない。民主党内では一時、20人余りの「大統領候補者」が立てられた。例えば同性愛を公言する若き市長や、トランプ氏から「ポカホンタス」と揶揄(やゆ)されたネイティブアメリカンの血を引く女性議員、そして前回の民主党指名候補者争いでヒラリー氏に打倒されたと思われていたバーニー・サンダース氏などである。しかし最後に、資金力と知名度で優る前副大統領のバイデン氏が、サンダース陣営を取り込む形で「一枚岩」となり、トランプ氏に対峙することとなったのである。この4年間の成果はいかほどであったろうか。

これまでの選挙に比べ、投票率が高かったり、得票数が多かったりしたのは、マッチングの問題もあるだろう。オバマ氏が08年に対峙したのはジョン・マケイン氏である。この時の対決と今回の対決で根本的に異なるのは、前者が「史上初の黒人大統領誕生か」ということで、ストレートにオバマ氏が注目された選挙であったのに対し、後者は4年たったにもかかわらず、やはりトランプ氏への視線は外されることはなかったということである。だからトランプ派も増えたし、反トランプ派も4年前のようなことにならないよう、意識的に投票したのだろう。

そう見ると、今回の選挙はトランプ派対反トランプ派の戦いということになり、結果的に両者の溝は深まってしまったことになる。つまり民主党は「勝ちきれなかった」のである。トランプ現象に翻弄され、政党政治の限界を示唆されながら、それを改善しきれなかった民主党。サンダース氏を全面支持することができなかったということは、トランプ氏ほど「目の前のことに熱くなれなかった」ということでもあろう。このまま再び中道路線を進むなら、4年後に手痛いしっぺ返しを食らうことも覚悟しておかなければならないだろう。

新大統領はジョー・バイデン氏? 米国の変化に福音派はどう向き合うか
米南西部アリゾナ州フェニックスの支持者集会でスピーチするドナルド・トランプ氏=2020年2月19日(写真:同上)

一方、トランプ陣営は「善戦」した。惜敗であったとしても、トランプ氏は十分その役割を果たしたといえよう。彼自身はこの後、借金や訴訟にまみれて政界から姿を消すこともあり得よう。しかし「トランプ支持」を表明する人々が900万人も増えたということは、今まで政治に関心のなかった人々をこの世界に駆り立てることにはなったのだから。

よく日本のマスコミで紹介された「福音派指導者たち」は、おそらく喜んでいる面もあるだろう。トランプ氏の時代は終わるとしても、票田となる保守的価値観の支持層は掘り起こせたからである。第2、第3の「トランプ」を手なずけ、政界に何食わぬ顔で出入りする輩が出てきても決しておかしくはない。彼らが決して「福音派の代表」ではないが、そう報じられることで十分に利を得たであろう。

ここで重要な役割を担うのは、彼ら以外の圧倒的多数の「福音派」である。自分たちと同じ価値観を抱く人々が、単純計算で900万人増えたことになる。これはさらなる政治の世界への誘惑となるのか。それともこのような狂騒曲を奏でることの虚しさを説き、人々の心に宿る神の導きのみを求めさせるのか。これは米国特有の「最大の誘惑」といってもいいだろう。

加えて、トランプ氏の「置き土産」が米国には残された。トランプ氏の大統領任期中に任命された3人の最高裁判事である。幸運なことに(逆に「不幸なことに」と思う人もいるだろう)、トランプ氏はわずか4年間の任期中に最高裁判事を3人も入れ替えることができた。結果、6人の保守系判事に対し、3人のリベラル系判事という構図が出来上がった。こうなれば、中絶問題も同性婚も保守的な価値観を反映させることで今までとは逆方向にベクトルを向けることができる。祈りや神への嘆願ではなく、「自分たちの力」を結束することで・・・。

時代は移り変わり、バイデン大統領が来年1月には誕生するというのが既定路線だろう。しかしその時「福音派」はどんな動きをするのだろうか。政治的に走る者たちと、そうでない者たちの間で分裂するのか。それとも法的に保守化可能な状況を前に、一気に政治化してしまうのか。

大統領が変わっても「神の国アメリカ」というアイデンティティーに変化がない限り、福音派へのフォーカスが解かれることは、しばらくはあり得ないだろう、と私は予想する。読者諸賢はいかがであろうか。

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青木保憲

青木保憲

(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科修了(修士)、同志社大学大学院神学研究科修了(神学博士)。グレース宣教会牧師、同志社大学嘱託講師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(明石書店、12年)、『読むだけでわかるキリスト教の歴史』(イーグレープ、21年)。