2017年10月21日07時35分

なにゆえキリストの道なのか(114)キリストが神であったなら、十字架から逃げられたではないか 正木弥

コラムニスト : 正木弥

キリストが神であったなら、十字架から逃げられたではないか。

その通り、逃げられました。しかしそれでは、人は自分の罪について罰を受けて滅びなければなりません。このような人間存在を憐(あわれ)んで、神は愛である故に逃げずに、十字架刑を受ける道を選び取ってくださったのです。それによって、信じる者を救おうとされたのです。

「キリストは・・・自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました」(ピリピ2:6、8)

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正木弥

正木弥

(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
『仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版』
『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』
『ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ)
『創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から』
『なにゆえキリストの道なのか』

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ