2016年8月4日06時56分

死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―(79)命の恩神 米田武義

コラムニスト : 米田武義

命の恩神

人の心は本当によく変化する。自分自身を観察していればよく分かる。つい先週までは日曜日になると、早く教会へ行きたかった。しかし、今朝何となく行きたくなかった。それでいつもの通り、神様にその旨告げて祈っていた。

神様は、私にすぐにいろんなことを思い出させてくれた。神様は、本当に約束を守ってくれる方であることを、分からせてくれた。

神様は、私を文字通り、死から救ってくださった。静かに騒ぎ立てずに。何ら恩着せがましくなく、救ってくださった。

私はすぐに、神様は私の文字通りの命の恩人(神)であると思い至った。そうすると、すぐに早く教会に行きたいと心から思うに至った。

日曜礼拝は、嫌々ながらではなく喜んで行きたいものである。神の栄光をたたえるために行くのであるが、私は初めのうちは、その目的のみで喜んで行っていたのが、度重なってくると、強い動機となって働かなくなってくるのである。そして、次第次第に億劫(おっくう)になってくる。特に今は何も奉仕をしていないから、何の束縛もない。

しかし神様は、私のような者にも、積極的に喜んで礼拝に行く動機を与えてくれた。それは先にも述べたように、神が私個人にしてくれた恵み、情け、である。

一般的な教えによる目的ではすぐに飽きる人間の習性を知っておられる神様は、救いや助けを用いて私たちを信仰に導かれるときがある。

とにかく私たちは、神にしてもらった恩を忘れない。個人個人異なる恩。しかし、これとても、聖書の歴史にあるように希薄になってくるから、注意しなければならない。人間は、本当にその場限りの軽い存在である。

「私はあなたの恵みに拠り頼みました。・・・あなたの救いを喜びます」(詩篇13:5)

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米田武義

米田武義

(よねだ・たけよし)

1941年4月16日、大阪生まれ。大阪府立三国丘高等学校、国立静岡大学卒業。静岡県立清水東高校定時制教師を勤めた後、東北大学大学院、京都大学大学院(国土防災技術国内留学生)で学ぶ。国土防災技術を退職し、米田製作所を継承する。2008年4月8日、天に召される。著書に『死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―』。