2016年5月3日18時13分

まことの喜び(12)憂いはこの世に属するものです:神様に栄光を帰しなさい イ・ヨンフン

コラムニスト : 李永勲

神様に栄光を帰しなさい

私たちが自分の人生の主人であるときは、決してまことの喜びと幸せを味わうことはできません。まず、神の御国が私たちの人生に臨んでこそ、まことの喜びとまことの安らぎが臨みます。

神の御国とは、神様お一人だけが治められる国、お一人だけが栄光を受けられる国です。このような神の御国が私たちの内に臨めば、神様の権能によって暗闇が消え去り、サタンが追い出されます。

病が癒やされ、呪われた環境が祝福された環境へと変わります。聖霊様が私たちの心に来られ、私たちを治められれば、聖霊の中にある義と平安と喜びが私たちの内に溢れるようになります。

ところで、ここで必ず覚えておくべきことがあります。それは、神の御国と神の義をまず求めなくてはならないということです。そのように行うときに、神様は私たちの全ての必要を満たしてくださいます。

「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます」(マタイ6:33)

イエス様は弟子たちと共に過越の食事をされながら、将来受けられるであろう苦しみと世の迫害、ブドウの木と枝の例え、助け主聖霊の働きに関して話されました(ヨハネ14~16章)。そして、まずご自分のために次のように祈られました。

「あなたの子があなたの栄光を現すために、子の栄光を現してください」(ヨハネ17:1)

イエス様は、これからやって来る十字架の苦しみに打ち勝つことで、自分をこの地に送られた神様の御旨を完全に成し遂げ、父の栄光だけが完全に現れるよう祈りました。

イエス様の生涯は、ただ神様の栄光のための生涯であり、神様の御旨を成すための生涯でした。十字架の苦しみは、人類救済のための神様の御旨でした。すなわち、神様がその御子をこの世に送られた目的は、選んだ民に永遠の命を下さることでした。

神様は、永遠の命を得て神様の子どもとなるのに特別な条件を設けませんでした。ただイエス様を救い主として信じさえすれば救われ、神様の子どもとなるようにされました。

「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」(ヨハネ1:12)

神様は、お金には換算できない驚くべき恵みを、私たちに値なしに下さいました。ですから、今や神様の子どもとなった私たちが神様の栄光のために生きていくのは、当然の理です。

「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った」(イザヤ43:7)

「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい」(Ⅰコリント10:31)

イエス様は、父の命令を成し遂げたことで父なる神様に栄光を帰しました。

「あなたがわたしに行わせるためにお与えになったわざを、わたしは成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました」(ヨハネ17:4)

その命令とは、人類を救うために人間の体でこの世に来られ、贖(あがな)いの死を成し遂げられることでした。イエス様は、神様の御旨に完全に従われました。この世に私たちと同じ肉体を着て来られ、救いの御業を完成されました。

イエス様は罪人に赦(ゆる)しを、束縛された者に解放を、死に行く者には永遠の命を与えられたことで神様の御旨を成し遂げられたので、神様は栄光をお受けになりました。だから、私たちもイエス様のように、神様に栄光を帰さなければなりません。

神様に栄光を帰す人生というのは、口先だけでできるものではありません。今、神様が私たちに行うよう命じておられることを具体的に行うことが、神様に栄光を帰すことです。

今、神様が行うよう命じておられることがありますか? 家庭では親のために、夫のために、子どものために、神様が私たちに命じられることを行うのが、神様に栄光を帰すことです。

教会では聖徒として、執事として、勧士として、長老として、牧会者として、神様が命令されることを行うのが、神様に栄光を帰すことです。社会では、クリスチャンとして神様が命令されることを担うのが、神様に栄光を帰すことです。

絶望の中にいる人たちにキリストの福音を伝え、神様を誇ることが、まさに神様に栄光を帰すことであり、神の御国のために生きるということです。

「このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい」(マタイ5:16)

(イ・ヨンフン著『まことの喜び』より)

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李永勲(イ・ヨンフン)著『まことの喜び』 2015年5月23日発行 定価1500円+税

李永勲(イ・ヨンフン)著『まことの喜び』

苦難の中でも喜べ 思い煩いはこの世に属することである

イエス様は十字架を背負っていくその瞬間も喜んでおられました。肉が裂ける苦しみと死を前にしても、淡々とそれを受け入れ、後悔されませんでした。私たちをあまりにも愛しておられたからです。喜びの霊性とは、そんなイエス様に従っていくことです。イエス様だけで喜び、イエス様だけで満足することを知る霊性です。神様はイエス様のことを指し、神の御旨に従う息子という意味を込めて「これは、わたしの愛する子」(マタイ3:17)と呼びました。すなわち、ただ主お一人だけで喜ぶ人生の姿勢こそが、神の民がこの世で勝利できる秘訣だということです。

(イ・ヨンフン著『まことの喜び』プロローグより)

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李永勲

李永勲

(イ・ヨンフン)

4代続くキリスト教家庭に生まれ、幼い頃から主日学校に通いながらヨイド純福音教会と深い関わりを持ってきた。延世大学、韓世大学、連合神学大学院卒業。米ウェストミンスター神学大学院修士課程を修了した後、米テンプル大学で宗教哲学修士と宗教哲学博士(Ph.D)取得。米国のワシントン純福音第一教会、日本のフルゴスペル東京教会、米国のLAナソン純福音教会の担任を務め、国際神学研究院院長、韓世大学教授、米ベテスダ大学総長、ヨイド純福音教会教務担当副牧師などを歴任。対外的には、韓国キリスト教教会協議会(NCCK)会長、韓国基督教総連合会(CCK)代表会長などを歴任した。現在、ヨイド純福音教会の2代目担任牧師として、チョー・ヨンギ牧師の牧会と霊性を継承・発展させながら、ペンテコステ聖霊運動と御言葉充満の調和、仕えることと分かち合うことの実践、世界宣教および教会連合運動などに力を注いでいる。著書に『The Holy Spirit Movement in Korea』『霊的成長の道』『小さきイエスの霊性1・2』『感謝の奇蹟』『信仰の奇蹟』(以上、全て韓国語版)、韓英対訳『十字架の恵み』など多数。訳書に『ペンサコーラ、奇蹟の現場―ブラウンズビル教会』『世界ペンテコステ・ホーリネス運動の歴史』など。