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【書評】金承哲著『神学と文体 アジア・キリスト教神学の表現と「抒情伝統」をめぐって』

2026年4月22日14時58分 執筆者 : 臼田宣弘
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【書評】金承哲著『神学と文体 アジア・キリスト教神学の表現と「抒情伝統」をめぐって』+
金承哲著『神学と文体 アジア・キリスト教神学の表現と「抒情伝統」をめぐって』(教文館、2026年2月)

はじめに

本書は、南山大学人文学部教授として奉職されておられる、金承哲(キム・スンチョル)氏によって執筆された著作である。巻末の著者紹介によるならば、金承哲氏は、1958年韓国・ソウル生まれ、高麗(コリョ)大学理工学部物理学科、韓国メソジスト神学大学大学院修士課程を経て、スイス・バーゼル大学神学部博士課程を修了された神学博士である。

簡単に読める著作ではないので、本書をどう読むかというよりも、私自身が理解したところを起点にして、本書を読んでの聖書解釈に向けたレビューを書いてみたい。なお、本書には具体的な聖書解釈は示されておらず、聖書解釈の方法の一つとしての論述が示されている。

本書はタイトルからも想定されるように、「神学と文体の関係を問い直す試み」を論じた著作である。その内容を一言でいえば、「叙事やロゴス(理論)中心の解釈による神学を相対化し、抒情(じょじょう)的文体の解釈の可能性を提示する試み」である。さらに副題に「アジア・キリスト教神学の表現」とあるが、具体的には、中国古典詩に典型的に見られる、「抒情伝統」に焦点を当てて論じている。

いささか難解な著作なので、内容を詳細に追って紹介することは避け、本書の方向性を分析し、そこから得られる方法論に基づいて聖書解釈を試みることで、本書の紹介としたい。

著者は序章において以下の3つの問いを立てている。①アジア・キリスト者の「内面の風景」とはいかなるものなのか。②その「内面の風景」を表現するに最も適した文体とは何であり、その根拠は何なのか。③その文体はアジアの歴史の中で生きてきたものなのか。

しかしながら、著者自身も断っているが、これら3つの問いは互いに絡み合うため、記述はこの順序にはなっておらず、むしろ全体を俯瞰(ふかん)して「聖書解釈に何を取り入れるか」を問題にすることを読者に求めているように思える。私も問いの細部には立ち入らず、聖書解釈に向けてのテキストとして読みたい。

文体を求める作家たち

「抒情伝統」とは、広い意味では文体の問題を指すのであるが、本題であるその言葉の説明や定義に先立って、文体を求める作家たちの作品を列挙している。ここでは私が引かれたアルベール・カミュ、ゲルト・タイセン、カール・バルト、川端康成を取り上げたい。

アルベール・カミュについては、昨年度執筆していた「コヘレトの言葉(伝道者の書)を読む」において、カミュの著作である『ペスト』と『シーシュポスの神話』の併読を行ったが、「不条理」を題材にした作品が多い作家である。金承哲氏は本書において『異邦人』を取り上げて、カミュの論述を以下のように記している。

「不条理な人にとっては、説明し解決することではなく、経験し描写することが問題なのである。すべては明晰(めいせき)な無関心から始まる」。ここでカミュの言う「明晰な無関心」とは、「記述することこそ、不条理な思考の最後の野望である」ということを自覚している態度であり、「説教することや瞑想(めいそう)することをやめ、自然科学と同様に、いつも新しい現象をただスケッチする」態度を意味する。

(中略)不条理な現実に対して何らかの理由を付けようとする「説明する誘惑」を悉(ことごと)く克服して、不条理の現実をそのまま耐えつつそれをただ「記述」しようとする態度である。(中略)『異邦人』の文体は、幾つかの単調で明晰な原理によって、しかも人間の運命には冷たい無関心しか示さない宇宙に対して何も期待せずただ透明な目で直視する文体である。(112ページ)

ゲルト・タイセンについては、『イエスの影を追って』を実例として挙げ、探偵小説というジャンルを用いて歴史的イエスを描こうとする文体的試みとして位置づけている。さらに同様の手法は、同氏の『パウロの弁護人』にも見られるが、同書については書評を執筆しているので、参考にしていただけるならば、その文体の理解の一助になろう。

カール・バルトについては、その代表作の一つである『ローマ書』(第2版)の文体について、以下のように記している。

『ローマ書』の文体は、当時の表現主義文学が時代への絶望や危機感を表すために使っていたレトリック──「破局」や「危機」に直面した人間の「叫び」(Schrei)を表す極めて挑発的で原始的な断末魔の叫び声のような表現──を自分のものに吸収することにより、神の前で人間が直面する危機を加減なく叫んだものであった。(208ページ)

さらに川端康成については、文学研究者の今野喜和人氏の論述から以下を引用し、川端の作品の、内容というよりも、その文体を評している。

今野の報告によると、川端の作品『雪国』には、「底」という言葉が総じて一三か所で現れる。冒頭にある「夜の底が白くなった」をはじめ、「鏡の底」、「村はしいんと底に沈んでゐる」、「心の底」、「地の底」、「胸の底」(二回)、「寒気の底」(二回)、「雪の底」、「耳の底」、「女の体の底」、そして「暗い山の底」である。今野は、その「底」が「人間存在を吸引して止(や)まない深淵への落下の恐れ──と同時に誘惑──にも裏打ちされている」ことを意味し、「水平面上にいる安定感を一挙に壊すキーワードとして「底」が用いられていると言うことができる」と述べる。(238ページ)

金承哲氏はこのようにして、文学における「文体」の役割を、作家たちの作品から論じているのである。これらの試みはいずれも、概念的・体系的な言語によってではなく、文体そのものによって現実に迫ろうとする点で共通している。また、文体において文学が豊かになることを示している。

しかし同時に、それらはなお個々の作品の方法にとどまり、歴史的・文化的に継承された表現原理としての「文体」には至っていない。では、そのような文体はどこに根拠を持つのか。

抒情伝統論

こうした文体的試みを、個別の作品の問題としてではなく、より根源的な表現の問題として捉えるとき、金承哲氏が提示する、中国文学における「抒情伝統」という概念が重要となる。「抒情伝統」とは単なる感情表現ではなく、人間の内面の出来事を、説明や物語によってではなく、直接的に言葉において立ち現れさせようとする表現の「伝統」である。

さらに、「抒情伝統論」と呼ばれる立場が提起されるようになったのは1970年代であり、陳世驤(チン・セジョウ、1912~1971)や高友工(コウ・ユウコウ、1926~2016)といった在米華人の研究者や、台湾人研究者らによって体系的に論じられたものである。その要点は、西洋文学においては叙事や論理的展開が重視されてきたのに対し、中国文学においては人間の内面を直接に表現する抒情が中心的な位置を占めてきたというものである。

この文体は、一つの文学ジャンルとして確立されたのではなく、むしろどんな文学のジャンルにも現れる。故にこの観点に立つならば、聖書の言葉もまた、理論的命題や物語的叙述としてではなく、神と人間の関係が出来事として立ち現れる「抒情的言語」として読み直される可能性が開かれるであろう。

抒情伝統論を用いた聖書解釈

本書においては、抒情伝統論についてさらに詳細が記されているが、冒頭にも示したように、このレビューにおいてはそこには立ち入らず、抒情伝統的解釈によってなし得る聖書解釈の一つを示したい。というよりも、叙事的・ロゴス的な読み方との対比を行う聖書解釈という方が正しいだろう。

テキストは、ヨハネによる福音書11章20~35節の、「ラザロの復活」といわれる箇所の、ラザロの姉妹であるマルタとマリアと、イエスとの関わりの場面である。

20 マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは家で座っていた。

21 マルタはイエスに言った。「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。22 しかし、あなたが神にお願いすることは何でも、神はかなえてくださると、私は今でも承知しています。」23 イエスが、「あなたの兄弟は復活する」と言われると、24 マルタは、「終わりの日の復活の時に復活することは存じています」と言った。25 イエスは言われた。「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。26 生きていて私を信じる者は誰も、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」27 マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであると私は信じています。」

28 マルタは、こう言ってから、家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。29 マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った。30 イエスはまだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた。31 家でマリアと一緒にいて、慰めていたユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に行って泣くのだろうと思い、後を追った。

32 マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足元にひれ伏して、「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。33 イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、憤りを覚え、心を騒がせて、34 言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。35 イエスは涙を流された。(ヨハネ11:20~35)

マルタとマリアのイエスとの関わりがそれぞれ示されている。マルタが先でマリアはその時には家にいる。イエスとの語りが終わったマルタが、家にマリアを迎えに行く。両者の関わりは、最初はどちらも「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」というイエスへの発言である。

しかし、その後の2人は対称的である。マルタの関わりは叙事的・ロゴス的である。彼女はイエスに願望を語り、イエスはそれに応える。ラザロの復活を示唆するのである。それだけではなく、イエスが現在的な永遠の命を与えるメシアであることを示し、マルタはイエスに信仰告白をする。叙事的・ロゴス的なクライマックスである。

一方で、マリアは最初にマルタと同じ言葉をイエスに告げるが、その後には叙事的・ロゴス的な展開がない。マリアは泣き、参席者も泣き、イエスが感傷的になり、そして涙を流す。書き手はその情景を淡々と伝える。それは抒情的展開であり、金承哲氏の著作が示すところの、「どんな文学のジャンルにも現れる抒情伝統」ということなのではないか。

ちなみに、マルタとの場面では神の子イエスが啓示され、マリアとの場面では人間イエスの人との関わりが静かに示されている。つまり、叙事的・ロゴス的に聖書を読むことと並行して、抒情伝統論的な読み方をそこに加えるならば、例えばこの箇所では「人間イエスの姿」が読み取れるように、聖書から新たに見えてくるものがあるのではないかと思えるのである。

特に旧約聖書の詩編を、抒情伝統論的な読み方を取り入れて読んでみるならば、抒情詩としてもより深く味わう一つの道となるのではないだろうか。今後への課題としたい。

■ 金承哲著『神学と文体 アジア・キリスト教神学の表現と「抒情伝統」をめぐって』(教文館、2026年2月)

◇

臼田宣弘

臼田宣弘

(うすだ・のぶひろ)

1961年栃木県鹿沼市生まれ。80年に日本基督教団小石川白山教会(東京都文京区)で受洗。92年に日本聖書神学校を卒業後、三重、東京、新潟、愛知の各都県で牧会。日本基督教団正教師。2016年より同教団世真留(せまる)教会(愛知県知多市)牧師。

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