支配の指輪を外す(マルコ14章3〜9節) 山本隆久

2018年9月12日19時51分 コラムニスト : 山本隆久 印刷
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「ロード・オブ・ザ・リング」というファンタジー映画が数年前にありました。私はテレビで放送されたのを一部見ただけですが、こんなお話でした。世界を支配する魔法の力を持った指輪をめぐるお話です。これはトールキンという方が書かれた『指輪物語』が映画化されたものだそうです。フロドという名の、森に住む小さな人間に似た生き物が主人公でした。彼は全世界を支配する力を与える指輪を持っています。その指輪をはめると彼は世界を支配する力を与えられますが、同時にその指輪は持ち主を独裁者と変えてしまうのでした。もし彼が指輪を壊すなら、神の秩序が世界に回復されますが、彼自身は無力にされるのです。もし指輪を持ち続けるならば、彼は支配者になり、指輪の力に伴うモラルの腐敗を招くというお話でした。

コンピューターを駆使した迫力のある映像が話題となった映画でもありました。森の妖精やら、魔法使いやら、悪魔のようなものがたくさん登場してきますが、根本的なところは聖書にあるイエスの荒野の誘惑が下敷きにあることは明白です。悪魔は「私を礼拝するならば、この世界の繁栄はあなたのものだ」とイエス様に言って誘惑しました。

ラルフ・モア牧師という方が米国にいらっしゃいます。彼はカリフォルニアでホープチャペルという教会を立ち上げ、当時のヒッピーやサーファーなどの若者にイエス・キリストの福音を伝えられた方です。後にハワイに行かれ、日系米国人のための教会をつくられました。大変に多くの人々の魂をイエス・キリストへと導かれた方です。英美子先生は、モア牧師のセミナーに参加したり、先生が日本に来られたときに案内をしたりしています。

彼女の本棚にあったモア牧師の著書『指輪を捨てろ』を先日、たまたま読みました。彼が牧会したホープチャペルの歴史は、常にこの自分が支配しようとする、コントロールしようとする指輪を投げ捨てることによって発展してきたということです。信仰によって生きるとは、この指輪を捨て、神に降伏することであると教えてくださっています。神に降伏することが勝利の人生への鍵であると、モア牧師はご自身の体験を通して証ししています。

モア牧師の言葉は、私自身を振り返る良い機会でした。私たちはイエス・キリストを信じる信仰を神様から与えられていますが、それでもなおこの指輪の誘惑の中にあります。カリフォルニアで始めたホープチャペルに何千人と人が集まるようになり安定してきたとき、モア牧師は神の言葉によって、その教会を後継者に譲り、自分はハワイに新たな教会を設立されます。彼の人生は、この連続によってさらに豊かなものとされていったのです。神は、彼に住み慣れた自分の世界を捨てて、常に新たなチャレンジを求めました。そして彼はただ、信仰を持って従ったのです。

イエスがベタニアでらい病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏(せっこう)の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。「なぜ、こんなに香油を無駄使いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」 そして、彼女を厳しくとがめた。

イエスは言われた。「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣(の)べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」(マルコ14:3〜9)

信仰を与えられてイエス・キリストに従う私たちではありますが、それでもなお、私たちには名誉欲もありますし、人から気に入られたいという思いがあります。気に入られなくても構わないと思っても、人から軽蔑されたり、さげすまれたりすることは好みません。

イエスが食事の席に着いておられたとき、一人の女が高価なナルドの香油をイエスの頭に注ぎかけます。300デナリオン以上の価値がこの香油にはあったことが、その場に居合わせた人々の言葉から分かります。1デナリオンは普通の労働者の1日分の給与に相当するそうですから、ほぼ1年分、現在の日本の感覚ですと、300万円くらいです。

幾つかのポイントがこの記事にはあります。まず目に留まるのは、「はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう」(9節)と言われていることです。ヨハネによる福音書では、この女がマリアであったと伝えられていますが、ここでは伝えられていません。私は、このマルコの伝えたイエス様の言葉に大きな意味を感じます。つまり、伝えられるのは「この人のしたこと」であって、「この人の名前」ではないということです。私たちは、何だかんだといって、自分が認められることをクリスチャンとなっても求め続けるものです。そして、とどのつまりは自分の名を残そうと無駄な労苦を積み重ねています。

「わたしに良いことをしてくれたのだ」(6節)とイエス様はおっしゃっています。この言葉も大変に印象的です。私たちは、女の行為に憤慨して「なぜこんな無駄遣いをしたのか。これを売って貧しい人々に施したならばよかったのに」ということを言いがちです。主イエスを愛するということを、私たちは知らないのです。社会的正義を持ち出すのは、大きなわなであり、誘惑です。私たちの信仰はイエス・キリストを主と仰ぎ、主イエスを愛することです。信仰は社会的正義の土台であって、社会的正義が信仰の土台となることはできません。主イエスが私たちの支配者であり、主イエスが私たちをコントロールする方です。この方を愛することにより、この方に支配されることにより、私たちは恐ろしい独裁者となって、モラルの退廃を招き、魂が滅ぼされ、内側からボロボロに崩れ腐ってゆくことから免れることができるのです。

私たちは生きた人間であり、生きた人格を持った存在です。ですから、私たちを支配するのは抽象的な概念や正義ではなくて、やはり生きた人格を持った方でなければなりません。そしてそのように人間は創造されたのです。

神は人格を持った永遠なる方です。神によって私たちは人として、神に応答する者としてこの世に生きています。この神様と私たちは人格的な関係を持っているでしょうか。この人格的な関係を築こうとしているでしょうか。この神との人格的な関係の中において信仰は初めて生き生きとしたものとなることができるのです。この人格的な関係を築く最たるものが祈りであり、神の言葉である聖書に耳を傾けることです。

神を愛するとき、私の名が残るかどうかということは問題となりません。神の御名が褒めたたえられ、神様が喜んでくださることが私たちの関心事となります。神は私たちを愛してくださっています。その愛に答えて、私たちは神を愛し、自分を愛するように人を愛します。支配すること、コントロールすることが愛ではありません。

親子関係でも同じですが、親が子どもを支配し、コントロールしようとすると、親子関係は破綻を来たします。その他の人間関係においてもこれは同様のことがいえるでしょう。人格的な関係は支配とコントロールではなく、愛にあるからです。

神は永遠の私たちの支配者ですが、私たちを決してコントロールしようとしたり、支配しようとしたりはなさいません。それは、この世の誰もが、神を知らぬ者でさえ知っています。そして、私たちが神を「そんな者はいない」とうそぶき、この世を支配し、少しでも自分の支配力が強くなればと願い思い煩っていることも紛れもない事実です。このような私たちを憐(あわ)れんで、神は御子イエス・キリストをこの世に遣わして、私たちの救いのためにその命を犠牲としてささげてくださいました。

私たちは祈りましょう。十字架の主イエスを見上げる、謙虚な心を与えてください。このかたくなな心を溶かす神の愛の真実を、私たちに分からせてください。どうぞ、私たちがこの支配の指輪を外して捨て去ることができますように。神の前にただひれ伏し降伏することができますように。

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山本隆久

山本隆久(やまもと・たかひさ)

1961年名古屋市生まれ。都留文科大学国文科在学中の81年、日本基督教団谷村教会(山梨県都留市)で受洗。88年日本聖書神学校を卒業後、ドイツのゲッティンゲン大学神学部に学び、95年M.Th.取得。日本基督教団正教師。山梨、山形の各県を経て、2000年より水戸市在住。在日インドネシア人教会・大洗ベツレヘム教会(茨城県大洗町)協力牧師。

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