罪の構造(マルコ6章14〜29節) 山本隆久

2018年6月27日09時32分 コラムニスト : 山本隆久 印刷
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イエス様が当初働きを始められた場所は、イスラエルの北端の地方でした。イスラエルの都エルサレムは、南の方にあります。ヘロデ王は、エルサレムを中心とした南部にいました。そのヘロデ王の耳にも、イエス様のことが届いたのです。もはや全イスラエルに、イエス様のことは知られるようになったのです。そして「イエスとは一体誰だ?」ということが人々の話題の中心となっていました。

イエス様は私たちに「この方は一体誰なのだろう?」という疑問を起こさせる方です。私自身、求道し始めたとき(そして今もでありますが)、「この人は一体誰なのだろう?」という問いを持ちました。その問いが明確に私の中で意識されたのは、初めて読む新約聖書のマタイ福音書5章、いわゆる山上の垂訓の「心の貧しい人々は、幸いである」「悲しむ人々は、幸いである」というくだりを読んだときでした。「一体、誰がこんなことを公然と言い放つことができるのか。聞きようによっては、とんでもない言葉ではないか」と思ったのです。そして「こんなことを言い得る人というのは、どんな方なのか」という疑問に導かれて、聖書をさらに読み、教会にも行くようになりました。もちろん、そこに至る前段階はありますが、具体的に「この方は一体誰なのだろう?」という疑問が明確になったのは、イエス様の言葉に出会った、その時です。それまでは「どう生きるべきか」とか、「キリスト教とはどんな宗教なのだろう」という問いでした。

イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った。人々は言っていた。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」 そのほかにも、「彼はエリヤだ」と言う人もいれば、「昔の預言者のような預言者だ」と言う人もいた。ところが、ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と言った。(マルコ6:14〜16)

イエス様の活動は、洗礼者ヨハネが捕らえられてから始まりました。ですから、噂(うわさ)でイエス様の働きを聞いた人々の中には、捕らえられた後に殺された洗礼者ヨハネが生き返ったと考え、そう噂する人々がいたわけです。そこからは、洗礼者ヨハネがいかに人々から尊敬され、その非業の死を悼む人々が多くいたかが想像できます。

また、イエス様が奇跡をなされるということも人々の話題となっていました。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている」という言葉は、洗礼者ヨハネが生前、奇跡を行わなかったことを示しています。洗礼者ヨハネのよみがえりではないか、という思考の流れの中で、預言者エリアの再来ではないかという思考の展開が見られます。預言者エリヤの再来は、この世の終末にエリヤが現れるというイスラエルの伝承が関係しており、それは世の終わりが来たという時代認識の議論となります。その議論の中で、「昔の預言者のような預言者だ」という意見は、「いや、世の終わりはまだ来ない」という時代認識の表明です。

そのようなイエス様についての見解が錯綜(さくそう)する中、ヘロデ王は「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と判断します。これは彼の中に、洗礼者ヨハネを殺したことを咎める良心があったことを意味する言葉と考えられます。

ヘロデ王は、自分の不貞による結婚について批判した洗礼者ヨハネを捕らえました。このことは、ウリヤの妻バトシェバとの不倫を預言者ナタンに指摘されたときのダビデ王の態度と明瞭なコントラストをなしています。ダビデ王は、預言者ナタンを捕えませんでした。そうではなく、預言者ナタンの言葉の前に悔い改めたのです。

王という立場にあって、神の言葉の前に悔い改めるということは非常に難しいことです。なぜならば、王という立場は、王自体がその国家的集団の法体系そのものである要素が非常に強いからです。その意味で日本は、神道に基づく天皇制というものがありますから、キリスト教伝道が非常に困難であるのはある意味、当然なのです。王を頂点とする社会では、その王を敬います。王を敬うということは、その王の信じる価値観に従うという無言の圧力が存在しますので、その王の価値観を否定するようなキリスト教は排除されます。

ですから、そのような中にあって、私たちがここにキリスト教徒として教会を形成しているということは、実に奇跡のようなことであり、私たちは希望の星なのです。この日本社会に、キリスト教会がついに切り込んで、存在し続けているということは、驚愕(きょうがく)すべきことなのです。

固い、固い分厚い岩盤をついに穿(うが)ち抜いた瞬間、そのような時代に私たちは今、生きているのです。2千年の時を経て、まさにあのエルサレムから見れば本当に世の果てといえる日本を今、福音の波が洗っています。

キリスト教は400年ほど前に初めて日本に伝えられました。そして大迫害に遭いました。その厳しいキリシタン禁令は、キリスト教をこの地から撲滅したかのように思われましたが、彼らは海外のキリスト教会と連絡を絶たれた中で、ひっそりと社会の片隅に息をひそめて生き続けました。

「踏み絵」は、俳句の春の季語となっています。これは長崎奉行所で長らく、毎年旧正月に踏み絵を行っていたことによります。キリシタン禁令の高札は明治になってもありました。踏み絵が毎年行われ、高札が掲げ続けられたということは、実はキリシタンが滅ぼされなかったということを証明しています。後から隠れてでもキリシタンになるかもしれない危険があったわけです。そして暗黒の300年を経て、明治に入り、福音伝道がついに再開されるようになりました。

これは神様の愛のしるしです。私たちはまさに地の塩、世の光です。キリスト教は今、衰退しているかのように見えますが、そのような波は、歴史の中であることです。この日本にキリスト教会が存在しているということが、そもそも驚愕し賛嘆すべきことなのです。

イエス・キリストを語ること、福音を伝えることは、神の勝利を伝えることであり、私たちがその勝利にあずかっていることを体験することです。それは、キリスト教がこの社会で宣(の)べ伝えられているからです。そして福音を語ったり、イエス様を信じていますと告白したりしても、殺されたり、牢屋(ろうや)に入れられたりしない素晴らしい時代に生かされているのです。このことを私たちは心から感謝したいと思います。

そしてこのために尊い命をささげた人々がいたことを覚え、日本にいる私たちを見捨ててはおられない天と地を創造された神に心からの感謝をささげ、御名を賛美しなければなりません。そして、この日本がついに持つことができた、キリスト教を信じることができる自由を十分に用いたいと願います。それが私たちの使命です。

それは西欧のキリスト教国の手先となることではありません。そうではなく、私たちの国がキリスト教諸国に対して、きちんと意見が言えるようになる基礎であり、対等な立場になるために必要なことです。永久に愚かな日本人ではないことの証明であり、他のキリスト教諸国の批判すべきところを批判するためには不可欠なことです。

私は日本人の勤勉さと聡明さは、キリスト教の中でこそ、さらに光り輝くと考えるようになりました。

実は、ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアと結婚しており、そのことで人をやってヨハネを捕らえさせ、牢につないでいた。ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。そこで、ヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。

ところが、良い機会が訪れた。ヘロデが、自分の誕生日の祝いに高官や将校、ガリラヤの有力者などを招いて宴会を催すと、ヘロディアの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と固く誓ったのである。少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は、「洗礼者ヨハネの首を」と言った。早速、少女は大急ぎで王のところに行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と願った。

王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、少女の願いを退けたくなかった。そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。(マルコ6:17〜28)

人間の罪の典型がここに現れています。エデンの園での人間の罪を思い起こさせます。ヘロデ王は、洗礼者ヨハネの死に関して、基本的には完全な決定力を有していながら、状況に流されて、その責任を放棄しています。「あなたが与えた女が、私に罪を犯させたのです」と言ったアダムと同じ状況にあります。このような罪の構造は、私たちの日常生活にもあるのではないでしょうか。

ヘロデ王は、自分に逆らう者であるから洗礼者ヨハネを捕らえました。民衆は力がなかったとはいえ、それを放置しました。妻のヘロディアは、王の妻としての自分の地位を守るため、王を利用します。ヘロディアの娘はただ美しく、踊りが上手であっただけでしょう。喜んだ王は「褒美を何でも取らせる」と言ったわけです。ヘロディアは悪女であるといえるかもしれませんが、もとはと言えば、王が人の道に反して、その女を妻としたことが、悪の根源です。誰も責任を取らずに正しい人が殺されました。

正しい人が、すべての悪の責任を担ったのです。ここにイエス・キリストの十字架が語られています。悪の責任を私たちは互いに押し付け合っています。そして周到に言い逃れを用意して、神の御前から逃れています。ですから、イエス・キリストが私たちの罪のために殺されるということが起きたのです。

ヘロデ王は「ヨハネが、生き返ったのだ」と言いましたが、それは悔い改めの言葉ではありませんでした。それは彼の不安の表明でした。彼は、洗礼者ヨハネのよみがえりだと考えたイエスの元に行って、赦(ゆる)しを請い、悔い改めようとはしませんでした。そうではなく、彼はイエスを十字架につけるのに加担したのです。彼は永遠の滅びの内に死にました。

何という悲劇でありましょう。12使徒の1人であったユダの裏切りが、よく謎として問われますが、このヘロデの態度も、信じられないほど愚かで高慢なものです。しかし、私たちの中にもまた、このような高慢な姿があることを心に刻むことを願います。

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山本隆久

山本隆久(やまもと・たかひさ)

1961年名古屋市生まれ。都留文科大学国文科在学中の81年、日本基督教団谷村教会(山梨県都留市)で受洗。88年日本聖書神学校を卒業後、ドイツのゲッティンゲン大学神学部に学び、95年M.Th.取得。日本基督教団正教師。山梨、山形の各県を経て、2000年より水戸市在住。在日インドネシア人教会・大洗ベツレヘム教会(茨城県大洗町)協力牧師。

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