主が与え、主が取られた(1)じっちゃんの名にかけて免許闘争 井原博子

2016年3月31日23時29分 コラムニスト : 井原博子 印刷
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ある農家を訪問したら、広い庭に軽トラックが置かれている。真っ白い新車だけれど、タイヤは四つとも外されて、地面に直接乗っていた。

あら? と横目で見ながらチャイムを押し、応接間に通されると、テーブルや椅子が横倒しになり散乱している。

信徒である長男Sさんの説明によると・・・
85歳を過ぎた高齢のお父様が、自動車事故を重ねているのにまだ懲りないで新車の軽トラックを買った。危ないから動かないようにと、次男さんがタイヤを全部外してしまったところ、お父様が激怒して次男に椅子を投げつけ、次男さんはテーブルで応戦したのだという。

お父様が出てきて、私の手に2万円を押し込み、
「牧師さんから息子に、タイヤ入れてワシに運転させるように言うてください」
と言われた。

その2万円は、当然その場で丁重にお返ししたのだが、息子さん側にもお父様側にも身につまされ同情した。

地方は、都市部とは比べ物にならないくらい公共交通が貧弱だ。老いも若きも車がなければ生活がままならず、特に農家は仕事そのものの必需品である。かといって、事故を繰り返す高齢の方に運転させ続けるのも大問題だ。高齢化社会になった日本で、特に地方でのこの問題は深刻なのだ。

う~ん、どうお答えしたらいいものだろうか。
その頃は、私の父親も車を買う買わないで妹夫婦ともめていた時期だった。

父は当時80歳。直前に、妻(=私の母)の世話をして看取ったばかり。さあこれから羽を伸ばして介護で失われた10年間を取り戻そうと、車のパンフレットを取り寄せたのを妹に見つけられ、大騒ぎになった。

父の体は頑健で、歯医者以外医者にかかったことがないというのがご自慢。母の介護の合間に中型オートバイで四国の野山を駆け回るのが気分転換だった。

母が病気になる前には、不意に外出すると一週間ほど帰ってこない。汚い毛布にくるまり車中泊まり、あるいはバイクの後ろに積み込んだテントを河原に張り、大自然に浸るのが生きがいだった。

父は妹夫婦の妨害を恐れて、遠方の町で、車中泊まりに最適というホンダN-BOXをさっさと買ってきた。それからは、家は根城、晴れた日にはオートバイ、冬や雨の日は車と四国の野山が父の住まいになった。

妹夫婦は意見し続けた、
「いったいいくつだと思ってるの!」
「少しは子どもの言うことを聞いて!!」
「事故でも起こして人をひいたらどうするの!!!」

いえ、これは笑い事ではありません。当時すでに、高齢者が起こす事故や高速道路逆走がメディアでも取り上げられ、社会問題になっていた。

取り巻く家族は、高齢者が事故を起こして自分自身はともかく人を傷つけたら取り返しがつかない。賠償の責任のとばっちりもくるかもしれない。

戦々恐々、強引に免許も車も取り上げようとし、高齢者は離すまいとし、多くの家庭で、Sさん宅や私の実家でのように、もめ事になっていた。

妹夫婦は、私にも父に意見してほしいと望んできたが、これはとてもむつかしい問題だった。

父は私に言った。
お上は(笑)運転免許返納を奨励するが、地方に住んでいるとそれは足をもがれたようなもので、不便などという生易しいものではない。買い物・病院・娯楽全てがほとんど制限されてしまう。子ども夫婦が送迎するからというが、フルタイムで仕事している彼らには気軽に頼みもできない。第一メンドウクサイ。(沽券[こけん]に関わる)

高齢者の間では、
「ぜったい圧力に負けて免許返納したらいかんで。返納させた方は困らんけど、してしもたら自分が困るんで。ぎりぎりまで持っときなよ」
という合言葉がささやかれているそうだ。

私自身足が悪いので、車が運転できないことがどういうことかはよく分かる。かといって、そのまま手をこまねいていてもいいものだろうか。

う~ん。
ところが困りながらも祈って待つうちに、主は時間をかけて解決してくださった。(つづく)

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井原博子

井原博子(いはら・ひろこ)

1955年、愛媛県伊予三島(現四国中央市)生まれ。大学入試に大失敗し、これだけは嫌だと思っていた「地元で就職」の道をたどる羽目に。泣く泣く入社した会社の本棚にあった三浦綾子の『道ありき』を読み、強い力に引き寄せられるようにして近くのキリスト教会に導かれ、間もなく洗礼を受けた。「イエス様のために働きたい」という思いが4年がかりで育ち、東京基督教短期大学に入学。卒業後は信徒伝道者として働き、当時京都にあった宣教師訓練センターでの訓練と学びを経て、88年に結婚。二人の息子を授かる。現在は、四国中央市にある土居キリスト教会で協力牧師として働き、牧師、主婦、母親として奔走する日々を送る。趣味は書くこと。

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