合言葉はあいらぶゆ(9)ほんとうはこわい?子どもの世界② しらかわひろこ

2015年8月14日06時58分 コラムニスト : しらかわひろこ 印刷
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10年以上前――

小学生だった長男(息子A)の異変に気付いたのは、筆箱からだった。鉛筆がどれもこれも真ん中がかじられ、芯が見えている。

その日は新しいのを削って入れ替え、学校へ送り出した。ところがその日も翌日も、毎日かじって帰ってくる。訳を尋ねてみると、クラス全員から仲間はずれにされているのだと言う。

きっかけは、地方祭だった。

うちのあたりでは地方祭が盛んで、1億円近くする高価なだんじりを地域ごとに所有して、祭りの3日間、路地という路地を担ぎ回る。小学校でも子どもサイズを作り、校庭を練り歩く。

うちはクリスチャンホームでイエス様以外の神は礼拝しない。声高に非難したりしないが、寄付はやんわり断り、祭りに参加せず、その時期は学校がお休みになることもあって、家族でキャンプへ行くことにしていた。

日本でクリスチャンであるということは、参加できない行事があるということだ。親たちはそれでよしとしても、子どもたちは日頃一緒に遊んでいる友達がワイワイ楽しそうにみこしを担ぐ輪の中に入れないということで。

その時期は息子たちに、他のもっと楽しい経験をさせてあげたかった。それがキャンプで、幸い長男次男ともに年齢が一つしか離れていなかったので、キャンプ中もよく遊び楽しんでいた。

祭りが終わると、息子たちの友達は何事もなかったように、毎日ワイワイ我が家に遊びに来る、という毎年が繰り返されていたのだが・・・。

長男(息子A)が小学校中学年の時、祭りが終わったころ、学校の休憩時間に同級生が「みこしごっこ」と称して校庭中を練り歩いていたらしい。

「Aくんもいっしょに遊ぼう!」
と誘われたが、Aはおとなしく、
「ぼくは、せん(しない)」
と一言だけ断った。それをきっかけに、息子Aは徹底的に仲間はずれにされた。

Aからそのことを聞いた私は驚いて、担任の先生に相談したが、
「そんなことはないでしょう」
の一言で笑って片付けられ、何もしていただけなかった。

そうするうちにも息子Aは毎日鉛筆をかじって帰ってくる。帰宅すれば全部の友達に電話して遊ぼうと誘っては断られ、時に体を震わせ我慢している。

私にできることは、「鉛筆をかじりたければいくらでもかじりなさい。祈っているからね」と毎日新しいのを削って取り替え、祈ることだけだった。

間もなく、同じ小学校の1学年下のクラスの次男(息子B)にもいじめが始まった。

当時私は夜私塾を開いていて、息子Bの同級生も教えていた。その子が、
「先生、Bくん、毎日いじめられよるで」
と教えてくれた。学校に用事があった折、休憩時間にBのクラスをのぞいてみると、一人の男の子がBを羽交い絞めにし、もう一人がお腹にパンチを入れている現場に行き合わせた。私を見た二人は急いで羽交い絞めを外し、「遊んでいたんだよね、Bくん」とごまかす。

担任の先生に訴え、先生は気を付けることを約束してくださったが、いじめはたいてい休憩時間などの先生不在の教室などで起こる。

いじめは続いていると、塾の生徒が教えてくれた。

当時を振り返ってみると、息子AについてもBについても、学校側は積極的に対策は取ってくれなかったと感じている。

ここから先は私の主観なので誤解のないように最後まで読んでいただきたいのだが、いじめた側の中心になっていたのがスポーツの団体に入っていた男の子たちだった、というのが、はっきりした解決を見なかった原因ではなかったかと推測している。

その団体は、地域のボランティアの親が監督やコーチを務め、家族挙げて熱心だ。学校の行事も祭りもその方たちが仕切ってよく協力されている。つまり、田舎で顔の利くご家庭の子どもさんたちが中心になってAもBも攻撃していた、といえる。

いったい私や息子たちが何をしたというのだろう。家が散らかっても、おやつ代がかかっても、喜んで息子の友達を歓迎し続けてきた。毎日毎日、10人以上。

私は自分のことならある程度耐えられるし、信仰上の迫害は覚悟して生活している。しかし、息子に攻撃がきたとき、弱かった。しかも息子AとBが毎日通う学校での出来事であり、目が届かない。1日中、心配しながら過ごし、激しく試された。

息子を妥協させて、祭りごっこや祭りに参加させる融通の利く親でなければいけないのだろうか?

少なくとも、息子をここまで寂しがらせ悲しませている原因が信仰にあるのなら、伝えた私や夫に責任があるのだろうか?

けれども、やっぱり彼らに偶像を礼拝させるわけにはいかない。次の年の祭りの時期も、私たち一家は祭りを避けて、ファミリーキャンプをして過ごした。

仲間はずれといじめから2年後、毎年うち以外は全員参加していたみこしかつぎが、申込制になった。幼稚園から高校まで、子どもたちは、祭りが近づくと学校から申込用紙を渡され、親の承諾のサインと印鑑を押してもらって提出、それで初めてみこしを担ぐことができるシステムになった。

で、ふたを開けてみると、
「母さん、クラスの半分以上の子が申込用紙、出さんかったよ」
息子AもBも、にこにこしながら報告してくれた。

なあんだ。結局、「みんな同じことしないといけない(のではないか)と勝手に思い込んで、あるいは違うことをする勇気がなくて、みこしを担いでたんだ。

祭りには暗部がある、と、地域のお母さんたちから耳にしたことがある。祭りに参加し、みこしの仲間に入るということは、休憩中などに、未成年であってもお酒を勧められる、素行の悪いグループの青年たちとのつながりができる、時には悪い薬物習慣ができるきっかけになる。

ひそひそささやかれていながら、みんな他の人と違うことをしたり、問題を指摘するのが怖かったのか?

その年から、みこしの担ぎ手が不足した。毎年、祭りが始まってから、世話役の人が個別にドアをたたき勧誘して回るようになった。

私事になるけれど、この記事を書くのはつらく、予想以上に時間がかかってしまった。

息子たちとのあかしのエピソードとしてほがらかに、ユーモアさえ交えて書けると思っていたが、まだ私は当時いじめた子どもたち(今はもう青年になっているが)への許しがたいもやもやした思いを隠し持っていることに気が付く。

息子自身は――

Aの鉛筆かみは徐々になくなり、今ではフェイスブックの同級生グループでこだわりなくやりとりしている。高校・大学でも、そのクラスの中で、自分がクリスチャンだということを表明して開き直り、ジョークの種にさえしているという。

Bは、地元で就職した同級生で野球チームを作り、いそいそ練習や試合に出掛けている。ただ後遺症は残っているようで、教会の礼拝には出席するが、クリスチャンであることはあまり表明しない、隠れクリスチャン的なところがあり残念だ。

このように、息子たちにはいじめはとっくに過去のことになっているのに、私一人が取り残された(笑)感じ。母親というのは厄介なものだ。

尊敬するある牧師先生は、ご両親がろうあ者で、学校でよくいじめられた。下校してお母様に訴えると、お母様は「その子たちを許しなさい」といつも言われ祈られたそうだ。

何とえらいお母様だろう、とてもかなわないな、と思う。私は、自分のことならひょっとしたら勝利できるかもしれないことも、子どものことになるとほんとにヨワイ。

そういういきさつがあるので、いじめ問題、いじめによる自殺問題などがニュースに上ると、その親御さんの心情を思い、やりきれなくなる。

また、自分の子どもだけは人をいじめる側には回らない=加害者にならない、とは思っていない。どこで被害者になり加害者になるか分からないのが人間なのだ、とはどこかで覚悟している。

(文・しらかわひろこ)

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