クリスチャン新聞8月3日号の記事で引用された韓国紙「ニュースNジョイ(News N Joy)」(以下、NJ)とは一体どのような新聞なのか。クリスチャン新聞は根田祥一氏(「クリスチャントゥデイ異端捏造事件」の主導的人物)が当時編集長であった04年にもJEAに対し、当社が統一協会関連団体だとする偽りの情報を提供する際にNJからの記事を引用。当社の住所を偽るなどして、当社を統一協会関連団体に仕立てようとしてきた救世軍少佐(牧師)の山谷真氏もその記事を多用し、当社に対する風評の情報源として使用されてきた。そのNJは現在、会社の実態と後援金の流れに関する疑惑で読者からの指摘が相次ぎ、創業以来最大の危機に直面、これまで隠してきた様々な問題の実態が明らかになりつつある。同問題を取り上げた韓国クリスチャントゥデイの8月7日付の記事(一部修正・省略あり)を転載する。
募金詐欺と脱法嫌疑が露呈し、激しい論争に巻き込まれた「ニュースNジョイ(News N Joy)」(以下、NJ)が、キリスト教言論機関としてのアイデンティティーについても大きな混乱の中にあることが明らかになった。NJは8月5日に掲載した釈明で、これまでNGO及び社団法人であることを隠したまま、事実上詐欺に当たる募金を行ってきたことを認め、社団法人ハナヌリへの安着がNJの最終帰着点であることを伝えた。
今回の事態はNJの不道徳性をそのまま現している。一方、NJが最終帰着点であることを明らかにした「ハナヌリ」のアイデンティティーに関する疑問も新たに浮上している。NJはこれまで、自らがあたかもハナヌリに所属しているかのように主張してきたが、今やそれが真っ赤な嘘であることが明らかになった。こうした状況の中においてさえ、NJが最終的帰着点にしようとする「ハナヌリ」とは一体どのような団体なのか。またNJはハナヌリでどういう役割を果たそうとしているのか。NJのアイデンティティーに関する新たな疑問を提起する団体が続出している。
NJはこれまでその記事の中で、韓・米同盟の強化を叫ぶ韓国基督教総連合会(韓基総=CCK)を、「ゴキブリ」などと表現してきた。また、「北南」と称することにより、親北朝鮮的性向を露骨に現わし、さらにキリスト教と主体思想との対話を試みるNJが、果たしてハナヌリでどのような役割をしようとするのか関心が集まっている。
ハナヌリという名の「傘」のもとに見られる三角構図
まずハナヌリが登記簿謄本上で明らかにしている目的事業分野は、△体育と文化芸術分野における対北交流事業、△青年、学生を対象にした統一教育。簡単に言えば、対北交流事業を活発に行いつつ、青年や学生たちに(朝鮮半島の南北=北朝鮮と韓国)統一に関する教育を実施していくということだ。
NJがハナヌリに所属していると主張していた当時、公然と行われてきた説明では「ハナヌリの中にはニュースNジョイ、福音と状況、キリスト青年アカデミー、これら3つの機関が所属し活動している」ということだった。ハナヌリの目的事業に合わせて3つの機関を適切に活用する方針ということだ。
ハナヌリは対北交流及び統一教育のための機構であるとしているため、それに所属するNJは、親北的路線を歩まざるを得なくなる。したがって、NJがハナヌリに所属しようと熱望するのは、NJ自らが親北NGOの機関紙としての役割を果たそうとしているものと見られる。事実、NJはこれまでも北朝鮮と関連した記事では一貫して親北的論調を示してきた。NJは親北NGOへの帰属性を示しつつ、これからも親北的記事を次々と掲載していく可能性もある。
しかし、言論機関がNGOとなることは、すなわちその言論機関固有の機能を失い、NGOの目的に複合した活動のみをしなければならないため、言論機関としての主要機能が取り除かれるとしか考えられない。こうした言論機関としての大きな損失をこうむってまでハナヌリへの「安着」を通して三角構図を成そうとする理由は何なのか。現在この3つの機関がどのようなあり方で運営されているのかに対する分析を通じて、その方向性を類推することができる
キリスト青年アカデミー、主体思想式教育の場
キリスト青年アカデミーはハナヌリの中で、「青年、学生に対する統一教育」を行うという役割を果たしている。単に「統一教育」という用語では統一に対する視覚がどうなのかは正確に示されていない。ただこれまでのキリスト教青年アカデミーでの教育内容を通して、ハナヌリが志向している統一教育の内容を分析することは可能であろう。
若いキリスト者らを対象に統一教育を行なっているキリスト青年アカデミーの教育実態をのぞいてみると、6・25戦争(=朝鮮戦争、1950年6月25日〜53年7月27日)を「統一戦争」と説明するなど、その歴史意識が非常に過激であり、偏向的であることを容易に確認できる。
韓国クリスチャントゥデイが入手したキリスト青年アカデミー「韓国近代史講義」資料では戦後について、「植民地解放よりは戦後処理というビジネス」「米軍は歓迎式に参加した群衆を銃撃し、南韓国が左翼と中途左派によって掌握されているため、米国の意図通りに韓国を掌握することができないと判断し破壊工作を行った」とし、共産主義理念との闘争の歴史を米国による「掌握」という概念で非難している。
一方、北朝鮮に対しては「人民共和国は80パーセント以上が国民の支持を受けており、ソ連は建国準備委員会や人民政治委員会など民衆の自治組織を統合し、左・右翼を網羅した組織を構成し行政権を渡した」と説明している。この講義内容通りであれば、現在の「大韓民国」より「朝鮮民主主義人民共和国」のほうが正統性においてより優越であるという説明になる。
6・25戦争を見る視覚も、「6・25を侵略戦争と見れば、分断時代の意識が固定化されてしまう。しかし、これを統一戦争と見ると、統一の重要性が強調され、外勢の介入と戦争万能論が萎縮され、分断を克服でき、平和統一意識が鼓吹される」と説明。言葉通りであれば未来の統一のために、北朝鮮による侵略戦争と見ず、統一戦争として見ようという意味として読み取れる。
またこの教育資料では、伝統的観点ではソ連の勢力拡大政策や金一成の赤化統一政策が戦争の原因であるが、修正主義(revisionism)の立場では、米国による韓国の単独政府の樹立がまさに民族国家の樹立を妨害したと説明し、大韓民国の自由民主主義国家建設自体を北朝鮮と一つになる民族国家樹立の妨害物として規定している。
この教育資料では、戦時に発生した民間人虐殺についても「国軍と米軍によって100万人が、人民軍とパルチザンによって13万人が虐殺された」、「88.5%の絶対多数が国軍と米軍によって犯された」と説明している。共産主義と自由民主主義の対立の中で、自由民主主義体制を固守してきたという巨視的な視点での歴史解釈はされず、正確な集計が難しい虐殺の規模について、一部の資料のみを用いて理念教育を行なっているのである。
「現代北朝鮮理解」という講義資料では、北朝鮮の先軍政治について、「一糸も乱れない体系が整えられており、危機においても拡散することのない能力を示してくれた」「これは軍部独裁とは異なるもの」と評価する部分も見られる。しかし、北朝鮮専門家らは先軍政治について「金正一が1991年に人民軍最高司令官職を占めた以後からは、党の独裁から軍事独裁へ移行したことを意味する」と説明しており、その始動の背景に対しては「過酷な経済危機により餓死者が続出すると、人民らの動揺が起こり始め、武装した軍人たちを配置し秩序を維持しはじめた」と説明している。
韓国クリスチャントゥデイは、キリスト青年アカデミーの講義資料に対するより正確な理念の検討のため、「運動圏」(学生運動をする集団)で主体思想教育を一時担当していたが、その後理念転換した何人かの専門家たちに分析を依頼した。専門家たちの一貫した評価は、この講義資料が「修正主義史観を呈しているが、伝統的史観も短く取り扱っており、巧妙に問題となりうる素地をなくそうとしている意図が見られる」「しかし、講義全体からして学生たちは伝統的史観より優れているかのように描写した修正主義史観により大きい影響を受けるだろう」というものだった。
「民族解放前線の学生運動を見てるようだ」 講義参加者の感想
驚くべきことにキリスト青年アカデミーで講義を聴いていた一人の参加者がNJのホームページ上で、「まるで民族解放前戦線(NL)系列の学生運動教育を受けたようだ」と感想を掲載している。問題となった参加者の感想文を以下に掲載する。
「いつか統一に関するアカデミーに受講を申し込んで、講座を聴いたことがあります。成均館大学の前でした。5、6人の大学生たちが集まっていましたが、北朝鮮に対する賛美一色でした。まるで大学生の時聞いたことがある、NL分子向けの主体思想を賛美する様子の弱いバージョンのように思えました。北朝鮮に対する問題提起や批判などについて聞くと、あわててて別の講義を聴くように要請を受けました。リードしていた方が負担感を感じてたらしいです。そういう統一講義、そういう北朝鮮に関する理解は止めてほしいですね。キリスト青年アカデミーではなく、馬鹿げた運動圏サークルみたい感じでした。もう少し質的に跳躍する必要があると思います」。
キリスト青年アカデミー講義と実際の参加者からの感想などを総合してみると、キリスト青年アカデミーは共存の不可能なキリスト教と主体思想の共存を語っており、北朝鮮に対してばら色の幻だけを植えつける教育が行なわれているように思われる。これは、未だ価値観が正しく確立されていない韓国教会の青年たちに、北朝鮮に対する間違った認識を植えつける可能性が高い。キリスト者として主張すべき「人権の問題」と「信仰の自由」を無視したまま、北朝鮮に対する幻を持つというのは非常に危険な発想だ。
極端な親北朝鮮姿勢はニュースNジョイも同様
親北的な傾向が度を越えると、北朝鮮の実像が正しく見えなくなり、かえって北朝鮮の体制に利用されるばかりだ。北朝鮮の実像は、キリスト教団体のオープンドアーズが毎年キリスト教迫害国家として選定するほどキリスト者たちにとって状況は酷い。聖書を自由に読むこともできず、礼拝を自由にささげる権利もない。観光客でさえ聖書を所持することは禁じられている。こうしたキリスト教迫害国家であり、最悪の人権疎外地域であることをはっきりすべきだが、NJはこうした事実は無視したまま、親北的な姿勢を示している。
NJ記者たちは、北朝鮮が核実験を行なった06年10月以後、北朝鮮を訪問して連日新北的記事を書き出した。そのタイトルも「私たちはいくらなんでも同族に核を打つだろうか」「我が民族同士で統一」などとなっており、体制に対する批判と分析が全く見られない。
NJは、記事「私たちはいくらなんでも同族に核を打つだろうか」で、「彼らは核を戦争用ではなく、戦争抑制用だと異口同音に話していた」「訪北団内でも彼らが本当に平和を願っていると感じる者たちが多かった」と伝えている。
このほかにも「核をもっている北朝鮮が怖いですか?」「北朝鮮に接するときは恋愛しているように」「私には愛すべき義務しかありません」「金正一委員長のために祈るべきとき」「幻の中で悔い改める金委員長、彼も神さまの愛しておられる魂」「キリスト教の最大の敵は共産主義?」「マルクス『資本』に生きている福音」「大集団体操と芸術公演アリランに対する神学的理解」など、信仰の自由と人権が全く保障されていない北朝鮮に対して好意的に紹介するこうした記事タイトルは、NJのアイデンティティーを示している。
NJは、「宗教化した主体思想をありのまま認めるべき」と題したインタビュー記事で、主体思想という危険な分野を取り上げながら擁護的立場の報道をしたことがある。無神論的史観によって神を否定する主体思想自体を認めようとする試み自体が非常に危険だ。またキリスト教と主体思想の共存にまで論争が広がっていくことが確認できる。このほかにNJは「キリスト教と主体思想との対話」をシリーズで連載し、その中でも「北朝鮮の主体思想と赤旗思想」というタイトルの記事も目立つ。次に挙げる記事のタイトルはNJの親北朝鮮的な記事の一部だ。
▽キリスト教と主体思想の対話(1)、▽キリスト教と主体思想の対話(2)、▽北朝鮮の主体思想と赤旗思想(3)、▽マルクスの「資本」に生きている「福音」、▽宗教化された主体思想をありのまま認めるべき、▽核をもっている北朝鮮が怖いですか?、▽北朝鮮に接するときは恋愛してるように、▽キム・ビョンロ教授、「北朝鮮人権主張は、現政権批判のためのもの」、▽北朝鮮ボンス教会は偽教会ではない「異質的」教会、▽北朝鮮人権、人権運動か政治的道具か、▽北朝鮮教会も抹殺した米国忌憚、▽金正一委員長のために祈るべき時、▽私たちはいくらなんでも同族に核を打つだろうか、▽平壌で韓半島旗を共に振りながら、▽キリスト教最大の敵は共産主義?、▽わが民族同士で統一しよう、▽大集団体操と芸術公演アリランに対する神学的理解、▽北朝鮮教会を巡る真偽論争「私たちのやるべきことではない」、▽金正一、核で人生逆転するのか、▽<極東放送>「極右市国討論会」波紋、▽共産主義と脈を同じくする反キリスト教的性向
NJはいわゆる「進歩」であることを自認しながら、共産主義に対しての警戒心を崩す記事を数多く掲載し始めている。注目すべき点は、教会の改革を叫ぶと同時に、教会に対する破壊的な記事も数多く掲載されていることである。この点でNJが親北NGOに安着することは、親北メディアとして教会攻撃の道具となる可能性が大きいともいえる。唯物論的史観の最大の敵は有神論的史観であり、さらに宗教を迫害する共産主義国家において、信仰に熱心な教会を迫害することは周知の事実である。こういう点から、共産主義と反キリスト教は「反教会」という点においてお互いに通じる。
NJは、教会の恥部が現れるたびに扇情的な批判で問題を拡大し、反キリスト教勢力が活動する名分と基本情報を提供している。韓国教会内の紛争の知らせはNJを通してかなり速やかに報道される。これまでNJによって報道された教会紛争の件数は数百に上る。このような紛争の知らせは、反キリスト教勢力にはとても重要な情報と活動の根幹になる。反共説教の批判と、ほぼ中継に近い教会紛争を伝える記事は、反キリスト教という一つの目標に通じるのではないかとの指摘もある。
CCKをうとましいゴキブリに扱いにしたニュースNジョイ
NJはとりわけCCKに対する敵対心を露骨に表し、CCKを批判する内容を頻繁に報道してきた。CCKが03年1月に支庁前で祈祷会を持ったことに対しNJは、「アメリカと韓基総の調和、うとましい一双のゴキブリ」という反米、反教会的な表現を使いながら批判。その日の祈祷会について、「その日だけはブッシュが我々の神様になった」などと表現した。また、「戦争主義者のブッシュのための祈祷会は、平和を愛する神様の御心とはまったく関係のない祈祷会である」と、米国及び韓国教会の代表的組織であるCCKに対して強い反感を示した。
また米国に対しては、「この地球上の第一の強大国であるアメリカは、地球上の第一の弱小国であるアフガニスタン、そしてちりしか出るものがなく土でも掘って食べなければならないそのアフガニスタンの飢えた住民たちの地を、新しく開発した彼らの新武器の実験場とさせたしまった」と主張。米国への敵対心はさらに強まり、「アメリカの覇権主義とそれにへつらう韓基総の調和なる姿はあまりにもうとましい一双のゴキブリを見るようだ」と批判した。
その後もNJは、この祈祷会に対し「精神に泥を塗るキリスト教の政治勢力ども」とCCKをひどく批判する記事を掲載。「キリスト教というイエスの顔に泥を塗るまねをするのであれば、反キリスト教の人々の言葉通りいっそのこと撲滅されるほうがましかもしれない」とまで主張した。「“韓基総”式の政治と韓国教会の未来」というタイトルの記事では、「福音の扉を妨げる韓基総」と敵視した。「巨大な砂の城の兆候」という記事のタイトルからも、CCKが崩れることを内心期待しているニュアンスが伝わってくる。
NJは、「冷戦守旧」批判論理で頻繁にCCK関連記事を取り扱っており、事あるごとにCCKを批判している。「韓基総の冷戦的な崇米の糾弾」「下衆韓基総は他人にだけ良いことをした」「韓基総は土下座して悔い改めろ」「韓基総、巨大な砂の城の兆候」「イエス精神に泥を塗るキリスト教政治勢力ども」「反省のない韓国キリスト教はサタンのキリスト教であるだけ」など、「下衆」「土下座」「泥を塗る」などの低級な表現でCCKを攻撃している。
盧政権時期、KBSからの金銭授受で反教会資料を渡した疑い
NJは最近キリスト教の根本的な教理を揺るがしたソウル放送(SBS)の「神の道、人間の道」に対してCCKが緊急対策会議を開くと、「興奮した韓基総、SBSと一戦を辞さない構え」という記事でCCKの対応を皮肉った。
NJの反教会的な報道姿勢はSBSの場合だけではない。文化放送(MBC)や韓国放送公社(KBS)などの韓国テレビ局が、韓国教会の代表的な指導者たちの問題点だけを一方的に取り上げ教会の覚醒を促すたびに、これらの放送に出演し、韓国教会の自省を促し、まるで自分たちは韓国教会を改革する先駆者であるかのように教会を厳しく叱責してきた。また、NJはこのような流れに合わせて、韓国教会の対社会的な貢献より内的な不調和をしつこく取り上げる放送内容に対しては批判を一切しなかった。かえって相槌を打ちながら、二次的に放送内容を拡散させる役割を担った。
04年10月、韓国教会の代表的な大型教会の牧会者を標的にして問題点だけを取り上げ、教会を赤裸々に批判したKBSの「韓国社会を語る」では、NJの関係者らが何度かインタビューに直接応じ、韓国教会の問題点について糾弾した。当時、この放送はCCKがKBS本館の前で大規模なデモを連日開催するほど宣教にかなりの悪影響を及ぼした内容であった。にもかかわらずNJは、このKBSの放送内容を全面的に報道したことに加え、CCKが主催した抗議デモについては嘲笑的な表現を交えながら卑下した。
驚くべきは、この放送にNJ関係者が出演した一カ月後の同年11月のNJの収入支出表に、「KBS資料使用料」という名目で100万ウォン(約10万円)の入金が行われていることである。韓国教会の恥部を表ざたにし教会を揺るがしたKBSから「資料使用」という名目で受け取った100万ウォンは一体何を意味するのか。この事実を知る教界指導者たちはかなり大きな衝撃と苦慮を隠しきれない。当時、NJはかえってこの放送と関連した報道で、「連日続くエリコ城(=KBS)陥落作戦」などの嘲笑的なタイトルを使いながら韓国教会を非難していた。
公共放送局に教会の肯定的な面より憂鬱で否定的な面だけを強調した資料を渡し、その対価として報酬を受け取る、これらのNJがとった行為に対してある人たちは「現代版のイスカリオテのユダ」と強く批判した。
反キリスト教勢力への批判は皆無、むしろ協力路線
さらにNJ「社長」のバン・インソン氏は、創立者が「キリスト教消滅」の信念を持って創立したと知られている市民団体の宗教法人法制定推進市民連帯(以下、宗推連)に発起人として参加することもしている。
宗推連の創立メンバーのイドゥ氏は、「私自身の信念は、キリスト教教理とバイブル、そしてイエスの消滅」と発言し、「そのような目的を達成するための方法論として、宗教批判の自由が可能な社会を作るのに一助する市民運動をする」と宣言した反キリスト教の代表的な人物である。結局、バン氏は、キリスト教消滅論者がその消滅の方法として使用する宗教批判に積極的に協力した格好となった。なぜこのような代表的な反キリスト教者に気兼ねなく協力できたのか。この事実に対する批判を避けるのは難しいと見られる。またNJは、宗推連という団体に対しての批判は一切行わず、彼らの活動をバックアップするような報道姿勢も見せてきた。
イドゥ氏は、反基督教市民運動連合(韓国最大の反キリスト教団体、以下反基連)で「孫悟空」というニックネームで活動していた。反キリスト教者としては最高水準の聖書知識を備えた人物で、反基連で掲載された500を超えるコラムでは新旧約聖書の形成過程からイエスとその弟子たち、使徒パウロなどについての徹底した相対化作業を通してキリスト教の真理を否定、キリスト教のドグマである教理を容赦なく掘り起こし、キリスト者が信じる信仰の根拠を破壊している。
また、韓国教会史においては、キリスト教が親日であり、親独裁行為を積極的で自発的に行っていると指摘しては、韓国キリスト教が反民族的で反歴史的な宗教であるという烙印を押そうとした。韓国のキリスト者の多くが尊敬するジュ・キチョル牧師などの評価を貶めることにより、韓国キリスト教が社会に全く貢献したことのないまやかし集団であると認識させようとも計らうなどした。イドゥ氏は名門ソウル大学出身の該博な知識を持った反キリスト教者でハントマでも論客として活躍している。
ニックネーム「孫悟空」を使用していたイドゥ氏は、反基連の最上位首脳部等級である8等級まで上り詰めた反キリスト教者。反キリスト教のほとんどの首脳部が8等級に該当する。9等級は名誉職で、10等級はインターネット上の職務だけ与えられるため、8等級は反キリスト教勢力の首長格と言えるだろう。
また、宗推連の共同代表である故ウン・カンスン氏は05年、反キリスト教的なコラムを出し世論からの注目を引き、キリスト教のイメージを深刻に失墜させた人物である。問題の文書は反キリスト教勢力の教会破壊資料を土台に作成されたもので、今でも反キリスト教勢力の活動資料として使用されている。また、この総推連には「イエスも主体思想家であった」と、北朝鮮の主体思想を擁護するシン・ウンヒ教授(米シムスン大学宗教哲学部教授)も発起人として参加している。
最も深刻な問題は、NJの報道姿勢が、「宗教批判を通じての宗教消滅論者」であるイドゥ氏が使用する教会批判戦略と合致するだけでなく、むしろその活動を扇動している点である。宗推連がかつてチョー・ヨンギ牧師を無辜に告発した際、イドゥ氏が「私の信念はイエスの消滅」とすでにその意向を明らかにしていたにもかかわらず、NJはこれについて全く触れることなく宗推連のチョー・ヨンギ牧師の告発事実だけを取り上げており、反キリスト教勢力に対処する意志を見ることができなかった。さらに、NJはその記事「腐敗した韓国宗教界の処方は、『宗教法人法』だけである」で、宗推連の活動を良い趣旨のものとして取り上げ、総推連の非常に長い創立宣言文をそのまま掲載したこともある。
批判を装ったキリスト教消滅論に同調するニュースNジョイ
反キリスト教を見るとき決して単純な視点だけで見てはいけない。彼らが批判してくる意図、またその問いかけなど、キリスト者は鋭くそれらについて判断する必要がある。しかし、NJの反キリスト教についての記事を見れば、このような配慮が全くないだけでなく、反キリスト教勢力に対する批判もなく、かえって彼らの言葉に耳を傾けるべきである主張し、反キリスト教勢力の主張を一方的に掲載しているのだ。
「反キリスト教者の『理由ある反抗』」では、反キリスト教の宗教批判の理由が妥当であるとの結論を下し、まるで反キリスト教の活動が正当であるかのような表現している。
「我らはだからキリスト教が嫌だ」というタイトルの記事でも、反キリスト教勢力の形態を分析し批判するより、むしろ韓国教会を赤裸々に批判している。また、「イエスが今のキリスト教を見たのなら恐らく随分驚いたことでしょう。イエスをいたぶったキリスト教は世界最大の詐欺劇であろう。キリスト教を正しく批判してみよう。不手際な詐欺劇を終わりにしよう。世を変化させるのは反キリスト教精神です」とするある反キリスト教の文書については、許容する表現を使って批判はしていない。
反キリスト教勢力はキリスト教を誹謗することで消滅させようという意図のゆえに、表面は輝かしい天使の姿をして近づき、正当な理由を挙げて批判してくる。そのため、「イエスをいたぶったキリスト教」などとキリスト教を正当に批判しているように見せるが、結局このような刺激的な言葉の中にはキリスト教自体を否定しようという意図が隠されている。しかし、NJは記事で、反キリスト教勢力の主張に対して一方的に「キリスト教が反キリスト教勢力の言うことを聞かなければならない」との論調を見せている。
一方、「我慢できないキリスト教の軽々しさ」というタイトルのNJの記事は、キリスト教を自ら貶している。「キリスト教の祈祷は自分の願いや欲望を満たすためのまじないになっていて、キリスト教の賛美はストレス解消と集団催眠を誘導する自己満足の厄払い行事になっており、キリスト教の説教は牧師の薄っぺらな思想と制度維持のための商売人の宣伝になってしまった」とキリスト教の根本自体を揺るがしている文書は驚くべきことに反キリスト教勢力の文書ではなく、NJが正式に報道した記事である。
記事「反キリスト教ネチズン、キリスト教反対の初公開集会を開催―約40人のネット会員が参加・・・反キリスト運動を積極的に展開する模様」では、反キリスト教に対する批判はまったく見られず、ここでも彼らの発言をそのまま記事にしている。この記事中の表現では、反キリスト教について「これからはキリスト教の本質を否定し、キリスト教の間違った形態を批判する活動をさらに広く拡張させるという意志を実践させた」と反キリスト教の指針をことさら宣伝している。またこの記事は、「キリスト教が社会的な問題を起こすとき、これを問題化させ、一般人にキリスト者の害悪を知らせる」という反キリスト教側の意志も伝えている。
「反キリスト教ネチズン、キリスト教誹謗書物出刊―我らはどうしてキリスト教に反対するのか・・・インターネットでの販売」という記事では、反キリスト教の書物を宣伝する姿勢も見られる。記事では、「反キリスト者たちが自分たちの主張を体系的に整理した本を出版したのは今回が始めである」と紹介しながら、本の内容及び構成をすべて紹介している。また、「400ページにもおよび、8月15日に非売品として出版され、現在インターネットで取り扱われている」と宣伝までする。また、この本についても、「収益金全額を手術費の用意ができないため苦しんでいる子どもたちに寄付する予定」だと書き、むしろアンチキリスト教に好意的な印象まで与えている。
まるで反キリスト教勢力のようにキリスト教に対して破壊的な用語を使うNJの記事は至る所で見られる。用語自体が破壊的である「反省の無い韓国キリスト教はサタンのキリスト教であるだけ」という記事では、「金城鉄壁のような慣行が支配しているキリスト教、もちろんこのような『サタンのキリスト教』もやはりまずは私たち自らが目を開けてこそしっかりと見られるだろう」「今は主流の韓国キリスト教こそかえって救われて治癒されるべき対象であろう」など過激な発言が続き、一つ一つ取り上げて行けば切りがない。
この他にもNJは韓国教会の指導者たちに対しても中傷記事を作成していることが発見できる。NJが批判した代表的な人物はカク・ソンヒ牧師、キル・ザヨン牧師、チョー・ヨンギ牧師、キム・ホンド牧師、リ・スヨン牧師、ソク・ウォンテ牧師らで、彼らは共通的によく反共的な説教をする牧会者たちである。「いじけた韓国教会の自画像、スーパースター カク・ソンヒ」「チョー・ヨンギ牧師、神様の代わりにできない」「狂気の塀に保護されているキム・ホンド牧師」「『論評』70人牧会者は守旧冷戦の捕虜なのか?」「【取材後記】キル・ザヨン牧師に差し上げる公開書簡」など、タイトルだけ見ても刺激的なこの記事は韓国教会の指導者たちに対してかなり嘲笑的な深い批判の言葉を書き連ねている。以下はNJの反キリスト教的な記事のタイトルを一部まとめたもの。
▽反キリスト教ネチズン、キリスト教誹謗書物出刊―我らはどうしてキリスト教に反対するのか・・・インターネットでの販売、▽反キリスト教ネチズン、キリスト教反対の初公開集会を開催―約40人のネット会員が参加・・・反キリスト運動を積極的に展開する模様、▽我慢出来ないキリスト教の軽々しさ、▽我らはだからキリスト教が嫌だ、▽反キリスト教者の「理由ある反抗」、▽【書評】 教会が教会らしく教会であろう!、▽キリスト教と成長主義のイデオロギー、▽教会内のファシズム、▽腐敗した韓国宗教界の処方は「宗教法人法」だけである、▽いじけた韓国教会の自画像、スーパースター カク・ソンヒ
一方、NJは同性愛と宗教多元主義に対してもかなり寛容的な立場であることが分かる。他の宗教の救いを主張する神学者たちへのインタビューや、彼らの危機を積極的に弁護する報道にこのような姿勢を見ることができる。「『創造的神学者』と『魔女』の間で」という記事では、ユニオン神学大学のヒョンギョン教授とのインタビューを大きく報道し、キリスト教としての境界を越える彼らの言葉を一方的に掲載したこともある。
またNJは、仏像にお辞儀をし、宗教多元主義教育を実施し、カンナン大学で免職になったイ・チャンス教授事件との関連で、「不当な解職だ」と強調しながら連日イ・チャンス教授を擁護する記事を掲載。NJはこの他にも他宗教について取り扱う記事で、他宗教に対しての寛容的な姿勢を乗り越え、宗教多元主義的な視覚を見せた事例が幾度もあった。以下はNJの同性愛と宗教多元主義を擁護する記事のタイトルを一部まとめたもの。
▽【インタビュー】 真の少数者として生きて行きたい。初のレズビアン候補の少数者に向けての叫び、▽同性愛であれ異性愛であれ愛はとにかくめでたいこと、▽ソドムが滅亡した本当の理由、▽罪に定めるだけの同性愛論議はソドムの罪に似ている、▽ヒョンキョン教授、「キリスト教内の同性愛」公開講演、▽強要された沈黙、キリスト教内の同性愛・・・口を開ける、▽「救いと解脱とは何か」学術会議、▽カンナン大学のイ・チャンス教授に教わる「宗教多様性を通して見たキリスト教理解」、▽聖書は非科学的・・・しかし神の御心のままに生きよう、▽21世紀の宗教裁判が始まった−「仏像の前でお辞儀をしたのは偶像崇拝なのか」、▽「トレランスに対しての反逆」か「当然退職」か、▽「創造的神学者」と「魔女」の間で
ハナヌリを求心点にし、反教会勢力とさらに協力する可能性
NJが韓国教会の不調和にスポットを当てることで正しい改革を追求し、発展的な姿に進ませるキリスト教言論機関ならいつでも歓迎されるべきものである。しかし、NJは教会内部の不調和や紛争を偏った視覚で捉え、韓国教会の評価を貶めることでキリスト教内には分裂を、外的には反キリスト教勢力の結集と「韓国教会殺し」のための情報提供に一助していることが韓国キリスト教内の一般的な見方である。
キリスト教は絶え間なく自身を変革させる宗教であるから健全な批判はいくらでも受け入れられる。しかし、道を踏み外した批判は改善ではなく、かえって破壊を誘発させる。NJが健全な批判を超えてむしろ多くの害悪を及ぼす方向で、キリスト教を追い詰める意図が何か。これがイ・スンギュン編集長が語るハナヌリへの安着とつながることではないかと関心が集まっている。
そのため、ハナヌリ内で含まれるはずの「ニュースNジョイ」「福音と状況」「基督青年アカデミー」の三角構図の連合は、韓国の未来と韓国教会の未来を考えるとき重大な問題に他ならない。NJが果たして自ら明かしたようにハナヌリという傘の中に入り、彼らの目的事業に符合する機関紙の役割を担うのか。その動向が注目されている。また同時に、親北、従北的な偏った思考で韓国教会のキリスト者青年たちを教育し、韓国教会に主体思想を別個の信仰として受け入れさせ、仕えさせ、統一を成し遂げることが目的ではないかと関心を集めている時点で、NJをハナヌリに安着させようとするイ・スンギュン編集長の宣言はかなり大きな関心を呼び起こしている。