牧師の小窓(127)C・S・ルイスの思想について・その1 福江等

2018年4月15日06時06分 コラムニスト : 福江等 印刷
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英国の思想家、哲学者、キリスト教作家であるC・S・ルイスの著した『キリスト教の精髄』という書物を昔読んだことがあります。今はほとんど思い出せませんが、キリスト信仰の核心をついているような印象を持ったことを思い出します。ホーリ・メトワ(Holly Mthethwa)という米国のクリスチャン作家がC・S・ルイスのこの書物から5つの引用文を抽出してくれていますので、それを参考にC・S・ルイスの思想をこれからの数回のコラムで私なりに解釈してみたいと思います。

1. キリスト信仰には真の謙遜が伴う

「真の謙遜とは自分を低く考えることではなく、自分のことをほとんど考えない、ということである」―C・S・ルイス

私たちの時代は自己実現、自己アピール、自己啓発が流行となっています。自分が人前で何を言うか、どれくらいインパクトを与えられるか、人をどれくらい自分に惹きつけられるか、自分の魅力をどれくらい引き出せるか、といったことが多くの人の関心事となっています。時代は「自分、自分、自分」ということに躍起になっていて、自分をどうすれば人に好きになってもらえるか、というテクニックを求めているように思われます。

キリスト信仰は、自分に関心を置くよりも、キリストを仰ぎ、神の恵みに思いを集中し、神のいつくしみに感謝していくことを中心にしています。ですから、おのずと自分について悩むことも少なくなり、キリストの十字架の贖(あがな)いに感謝していきますから、神の恵み中心になります。

すると、不思議と自分へのとらわれから解放されて自由になり、神の御心を求めていこうという思いになり、これがまたおのずと生きていく上で充実感をもたらしてくれます。自分のことでくよくよ悩むことが次第に少なくなっていきますから、第三者から見れば謙遜に見えるのかもしれません。

自分ではよく分かりません。自分を低く考える必要もなく、自分を大きく考える必要もありません。キリストにあっては、自分のことを考えなくてよくなるからだと思います。自分が他の人にどう見られているか、どのように評価されているか、人が自分のことをどう思っているか、といった疑心暗鬼から解放される、キリストにある自由についてC・S・ルイスは語っているように思います。

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福江等

福江等(ふくえ・ひとし)

1947年、香川県生まれ。1966年、上智大学文学部英文科に入学。1984年、ボストン大学大学院卒、神学博士号修得。1973年、高知加賀野井キリスト教会創立。2001年(フィリピン)アジア・パシフィック・ナザレン神学大学院教授、学長。現在、高知加賀野井キリスト教会牧師、高知刑務所教誨師、高知県立大学非常勤講師。著書に『主が聖であられるように』(訳書)、『聖化の説教[旧約篇Ⅱ]―牧師17人が語るホーリネスの恵み』(共著)など。

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