宗教改革と聖書翻訳 村岡崇光・ライデン大学名誉教授

2017年12月28日07時26分 執筆者 : 村岡崇光 印刷
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+宗教改革と聖書翻訳 村岡崇光・ライデン大学名誉教授
「宗教改革500周年―キリストが内に生きる」をテーマに、ドイツ・ライプツィヒで開催された第34回ヨーロッパ・キリスト者の集い(写真:松林幸二郎氏提供)
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私たち夫婦は、今年の8月3日から6日までドイツのライプツィヒで開催された第34回ヨーロッパ・キリスト者の集いに参加しました。「宗教改革500周年―キリストが内に生きる」がテーマで、神戸ルーテル神学校の橋本昭夫先生による宗教改革についての講演もありました。

ミュンヘン日本語キリスト教会の主催でしたが、すぐ近くには、ちょうど500年前の10月末日にマルティン・ルターが有名な「95カ条の提題」を門の扉に張り出したことで知られるウィッテンベルグの城教会もあったためか、例年以上の340人を超える参加者がありました。大多数はヨーロッパ各地の日本人教会、集会からの参加者で、その他に日本や米国からもちらほらと参加がありました。ある日の午後には、ライプツィヒ市内の聖トーマス教会に出掛けましたが、バッハが聖歌隊の指揮をした由緒あるその教会で、私たちの有志がパイプオルガンの伴奏で賛美歌を歌ってくださったのは印象的でした。

参加者は15の小グループに分かれて、テーマごとに都合3時間にわたって、学びの時、質疑応答の時を持ちました。私にも発題者になってもらいたいということで、「ルターは何語で聖書を読んだか? そして私たちは?」というテーマを担当しました。

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バッハが聖歌隊の指揮をしたことで知られる聖トーマス教会で、参加者有志がパイプオルガンの伴奏で賛美歌を歌った。(写真:同氏提供)

聖書は旧約聖書が主にヘブライ語、ごく一部がヘブライ語の姉妹語であるアラム語で、新約聖書は全部がギリシャ語で書かれています。聖地パレスチナでは、ユダヤ人たちの母国語であるヘブライ語やアラム語が通用しましたが、外国に移住して何世代にもなるようなユダヤ人社会では、これらの言葉はほとんど使われていませんでした。ラビ(ユダヤ教の宗教指導者)はともかく、一般の人たちにとって先祖の言葉は外国語に等しく、日常生活では、その頃はギリシャ語が今日の英語のような国際語になっていました。そのため、紀元前3世紀ごろから、旧約聖書のギリシャ語への翻訳が始まり、キリストの時代には完成していました。七十人訳と呼ばれています。使徒パウロが「聖書はすべて神の霊感によるもので」(テモテ二3:16)と言うとき、当時のクリスチャンたちはこのギリシャ語訳の旧約聖書のことと理解しました。

しかし、ギリシャ語が国際語になったとはいっても、一応の教養のある人ならともかく、一般庶民にとってはギリシャ語で旧約聖書をスラスラ読めるような人は少なかったでしょう。このため、いろいろな所でその土地の言葉に聖書を翻訳する動きが起こり、アルメニア語やエチオピア語、コプト語などの聖書が次々と生まれました。そして、北アフリカでラテン語の聖書ができました。これらの翻訳をした人たちの中にヘブライ語やアラム語を解する人はいませんでしたから、旧約聖書の場合はギリシャ語訳の七十人訳からの孫訳になりました。

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4日間にわたる集会では、15の小グループに分かれて学びの時、質疑応答の時を持った。(写真:同氏提供)

紀元4世紀後半に生まれたヒエロニムスはその後、ラテン教会の偉大な神学者になりましたが、彼が書いた膨大な量の聖書注解書や神学関係の著作の他に、彼が完成した新しいラテン語聖書が後世に残る彼の最大の偉業と認められています。ヒエロニムスは、ギリシャ語やギリシャ文学には造詣が深かったのですが、七十人訳から翻訳されたラテン語聖書には問題があることを知って、直接原語から訳すことにしました。ヘブライ語やアラム語の知識を深めるために聖地に赴き、ベツレヘムに居を定め、現地のユダヤ人学者に教えを請いながら訳業を進めました。助手も同労者もなく、単独で完成したというのは驚嘆の他ありません。しかし、古くからあったラテン語聖書はすでに根を下ろしていて、彼の新しい訳は通俗的な訳だとして初めはなかなか歓迎されませんでした。この訳のことを俗に「ヴルガータ」(Vulgata、「庶民版」の意)と呼ぶのはここから来ています。しかし、そのうちに彼の新しい訳がラテン教会の公式の聖書として認められるに至り、カトリック教会では今でもそうなっています。

ルターの時代もヨーロッパの教会ではヴルガータが公認聖書で、礼拝でもそれが朗読され、祈祷文などもそれに基づいていました。しかしラテン語は、ルターの登場よりはるか前に話し言葉としては消滅していましたから、教会で神父が朗読する聖書は、一般信徒にはちんぷんかんぷんだったはずです。そうなりますと、一般信徒は自分たちの信仰や教理の内容についても、上から言われることを鵜呑(うの)みにするしかなかったわけです。ルター自身もそのような霊的風土の中で育ち、大学で神学を学んだのです。

そういった過程において、ルターは当時のローマ教会の教理や行動に深刻な問題を感じ始めました。例えば、免罪符がそれです。いくばくかのお金を教会に寄付して免罪符を購入すれば、自分が犯した罪の償いの負担が軽減される、という風習でした。これは、使徒パウロが教える人間の救いについての教理と正面から矛盾します。「人間は掟(おきて)の実行とは関係なく、信仰によって救われる、と私たちは考える」(ローマ3:28)とあります。こういう肝心なことが一般庶民にも分かるようになるには、彼らが自分で読める聖書がなければならない、という結論に至り、ルターはまず新約聖書をギリシャ語からドイツ語に訳し始めました。

ルターはその頃すでにローマ教皇庁からにらまれており、1521年には破門されています。しかし、それにもかかわらず驚くべき短時間で翻訳を完成し、新約聖書はその翌年の1522年に出版されました。それが好評だったことにも励まされて、旧約聖書といわゆる外典の翻訳にもかかり、何人かの同僚の協力を得て、1534年には聖書全巻が完成し、出版されるに至りました。

ドイツ語訳の聖書は、ルターより半世紀ほど前にすでにできていましたが、その後のドイツ教会に与えた影響において、ルター訳の比ではありませんでした。その1つの大事な理由は、聖書に記された福音の光を誰もが浴びることのできるような、一般民衆の言葉で訳したということです。また、読者の記憶に容易にとどまるように、日常的、慣用的なことわざ風の表現を用いたことも影響し、ルター訳聖書はその後、ドイツ語(特に書き言葉)の発展に甚大な影響を与えたと言われます。これは、文語訳聖書が、明治・大正の日本の文人たちに、信仰とは関係なくとも愛好されたことを思い起こさせます。

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第34回ヨーロッパ・キリスト者の集いの参加者たち(写真:同氏提供)

世界には、いまだに新約聖書すら訳されていない言語が何十もある時代に、日本語で、しかも幾つかの違った訳で聖書を読めることは素晴らしいことです。現在の聖書はいずれも孫訳ではなく、原語から訳された優れたものですが、それでも原語と読み比べると「あれ?」と思うこともあります。

例えば、創世記38章18節に「彼女(タマル)はユダによってみごもった」とあります。「によって」と訳されたヘブライ語「レ」は旧約聖書に1万2千回ぐらい出てくるありふれた単語ですが、「によって」とは絶対に訳せません。「のために」「のためを思って」という意味の言葉です。神様の約束とは裏腹に、義父のユダが孫なしに他界しそうだと思って、異常な行動にタマルは出たのです。そして、村八分にされ、危うく火あぶりの刑にまで処せられそうになり、一人産むのでも大変なのに、双子を出産するという苦労をしました。双子のうちの一人が生まれてくるとき、先に手を出したことが記されています。胎児が上下ではなく、胎内で横になっていたからそういうことができたそうで、現代医学では即刻帝王切開になるはずだった、と専門家から聞きました。

ルツと結婚したボアズに対して、ベツレヘムの人たちが「あなたの家庭はタマルがユダのために産んだペレツの家庭のようになりますように」(ルツ4:12)とお祝いの言葉を述べ、タマルがキリストの系図の中に名前が出るたった4人の女性の1人になる(マタイ1:3)という名誉を得たのもこれで分かります。私の知る限り、新改訳2017だけが私の意見を取り入れて「タマルはユダのために子を宿した」となっています。私が見てみたヨーロッパ語の翻訳も、七十人訳も、すべて「彼(ユダ)によって」となっています。

宗教改革の時代には、ルターによるドイツ語訳や、ウィリアム・ティンダルやジョン・ウィクリフによる英語訳など、それぞれの土地で一般信徒が読めるような聖書ができました。これにより、強権的に上から押し付けられた信仰でなく、自分たちが自分たちなりに納得できる信仰を形作れる「信仰の民主化」が起こりました。それが宗教改革の大事な一面だったのではないでしょうか。

村岡崇光

村岡崇光(むらおか・たかみつ)

1938年広島市生まれ。東京教育大学(現筑波大学)英米文学科卒業、同大学大学院言語学科で修士号(聖書言語学)取得、その後エルサレムのヘブライ大学で博士号(Ph.D.)取得。英国のマンチェスター大学、オーストラリアのメルボルン大学、オランダのライデン大学で、ヘブライ語とその他の関連語学を33年にわたって教える。ライデン大学名誉教授、ヘブライ語アカデミー名誉会員、英国学士院バーキット・メダル受賞、日本聖書協会・聖書事業功労者。定年退職後は毎年最低5週間、太平洋戦争で日本の帝国主義の被害を受けた国々の神学校や大学で無報酬で専門科目を教える。その記録は『私のヴィア・ドロローサ:「大東亜戦争」の爪痕をアジアに訪ねて』(教文館、2014)として出版されている。
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