神さまが共におられる神秘(42)タクシー事故と神さまの支配 稲川圭三

2017年12月24日06時45分 コラムニスト : 稲川圭三 印刷
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2014年12月21日 待降節第4主日
(典礼歴B年に合わせ3年前の説教の再録)
あなたは身ごもって男の子を産む
ルカ1章26~38節

説 教

天使ガブリエルがおとめマリアのもとに遣わされて、マリアに告げました。

「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。・・・彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」(ルカ1:31~33)

今日の福音の中心は、この言葉だといわれています。そして、その「終わることのない支配」というところに今、私たちは生きています。

それに対してマリアは、「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」と答えます(34節)。しかし、それに対して天使は言います。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる」(35節)

それでマリアは、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と答えました(38節)。

つまり、この子が「永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」という真実は、人間の判断や理解、力によってではなく、聖霊の働きかけによってそのようになるのだというのです。そしてマリアは、自分の判断、理解、思惑、力に立ったのではなく、「お言葉どおり」という「神の言葉」の中に入って、そこで生きました。それゆえ、今日、救い主イエスが私たち一人一人と共にいてくださるという神の救いのわざが満たされたのです。

先週の水曜日、聖書の勉強会をしていた午後8時過ぎ、表で「ギギッ、ガリガリ」という音がしました。その数秒後にもっと大きな「ガリガリッ」という、めり込むような音がしたので、「ただごとではない」と思い、外に出ました。すると、教会の外の電信柱にタクシーがボンネットの半分ぐらいめり込ませていて、タイヤが空転して、ゴムが焼けるにおいがあたりに漂っていました。

タクシーの横に行って中を見ると、後部座席に乗客と、運転席が後ろに倒されて、運転手さんが意識のない状態でいるのが分かりました。乗客の方によると、「その角を曲がってください」と頼んで、「はい」と返事されたばかりだといいます。その直後、運転手さんは意識を失い、ハンドルが右に切られ、アクセルが踏まれたまま電柱にめり込んだようです。もしこの電信柱がなかったら、おそらくすごいスピードで車が暴走し、もっと悲惨な状況が起こったかもしれません。

運転手さんの脈を診たら、何とか脈はあるという状況でした。通りがかりにお医者さんらしい方が様子を見にこられ、目を見たり首に触れたりしておられました。教会にAEDがあったので、その機械も持ってきました。そうこうするうちに2台の消防車が到着して、10人近くの救急隊の方が走り寄って、大声で「投光器!」とか「サイドブレーキ確認!」「本人、足の挟まりなし!」「顔面は蒼白、意識・・・」等々の言葉が飛び交い、また目隠しにブルーシートが張られて、あたりは騒然とした雰囲気に包まれました。

そういう中で、意識のないままの運転手さんは隊員の方々の手でストレッチャーに乗せられ、救急車で搬送されていきました。その後、警察の方から通報者の連絡先や目撃者、全体的な状況を聞かれたりして、いろいろなことが一通り終わって部屋に帰った時にはもう9時前になっていました。そこで、「タクシーの運転手さんとそのご家族のためにお祈りしましょう」と言って、皆さんでロザリオのお祈りをし、お帰りになっていただきました。その時も警察の方はまだ事故車の写真を撮影したりしていました。

翌日、個人タクシー協同組合から渉外の方が、「教会の壁に傷をつけた補償のことで」と言って来られました。お伺いしたら、運転手さんは昨日のうちに亡くなられたということでした。

私はその日の夕方、いつものように体の健康のため、目黒駅まで歩こうと決めて、澄んだ冬空のもと、歩いていました。途中で恵比寿ガーデンプレイスを通りました。非常にイルミネーションのきれいなところで、大勢の人がカメラを構えていました。建物の中央に赤い絨毯(じゅうたん)がつながっていて、その先には、バカラのクリスタルでしょうか、巨大なシャンデリアが輝いて、その両脇には街路樹が植えられ、それらにはすべて、まばゆいゴールドの光の無数のイルミネーション。その反対側にある大きなクリスマスツリーにも無数の金色の光が輝いていました。

私もその光の中、絨毯の上を歩いてみましたけれども、本当に大勢の人が笑顔で「もっとそっちへ」「寄って、寄って」なんて言いながら記念写真を撮っていました。光の洪水と言ってもいいような、美しい、輝かしい光に囲まれた中でしたが、その時、私が心の中で思っていたのは、昨日亡くなられたあの運転手さんのことでした。突然に意識を失ってしまった運転手さんのことが深く心の中にありました。無数の光の輝きよりも、昨日亡くなられた運転手さんのいのちの実在が確かに深く心の中にありました。

輝かしいイルミネーションを後にして、目黒駅に向かってまた歩いていきました。歩きながら今日の福音の箇所を暗記しますので、福音の言葉を口にしながら何度も繰り返していました。そして、今日の箇所のメッセージの中心といわれる言葉のところに来た時、私は突然はっとしました。

「彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」

そのとおりだ、本当にそのとおりだ!神がすべての人と共におられ、その支配が決して終わることがないということは、本当にそのとおりだ。

あの運転手さんに神さまが共におられる。「その支配は終わることがない」。本当にそのとおりだ!そう思ったとき、歩きながら私は思わず「本当にそのとおりだ!」と声に出してしまいました。そして、涙が止まりませんでした。

イエスさまは、神さまが共におられるその真実をすべての人に出会わせるために来てくださったお方です。今日、私たちは聖霊という出会いをいただきます。聖霊とはイエス・キリストの霊。キリストのいのちそのものです。そのお方が私たち一人一人と共にいてくださいます。

そのことは、人間の理解と感覚では、「どうして、そのようなことがありえましょう」という事態かもしれません。しかし、聖霊によってイエスさまが私たち一人一人のうちに立って生きておられるのです。その「神の言葉の真実」の中に私たちが入って生きるならば、私たちもイエス・キリストを証しして生きるいのちになっていくのだと思います。

「どうして、そのようなことがありえましょう」という人間の思いと判断に、マリアは最終的には立ちませんでした。「お言葉どおり」という「神のお言葉」の中で生きました。私たちもそういう幸いに招かれています。

私たちも一緒に、共にいてくださる神さまの真実の中に入って生きますように。そしてその幸いを人にも告げますように。そして、人のために祈りますように。そういう歩みになっていきますように。今日は、どうぞご一緒にお祈りをいたしましょう。そして、主の降誕、クリスマスをお迎えするようにしましょう。

稲川圭三

稲川圭三(いながわ・けいぞう)

1959年、東京都江東区生まれ。千葉県習志野市で9年間、公立小学校の教員を務める。97年、カトリック司祭に叙階。現在、カトリック麻布教会主任司祭。著書に『神父さま おしえて』『イエスさまといつもいっしょ』『365日全部が神さまの日』『神さまのみこころ』(いずれもサンパウロ)など。
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