死刑を間近にして起きた奇跡 FCBCシンガポールのジョン・タングさん

2017年11月24日06時55分 記者 : 守田早生里 印刷
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+シンガポールの死刑囚からビジネスマンへ ジョン・タングさん
刑務所伝道の証しをしたピーター牧師とジョンさん(19日 横浜市神奈川区)
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シンガポールのメガチャーチによる開拓教会、フェイス・コミュニティー・バプテスト教会(FCBC)横浜(横浜市神奈川区)で19日、「監獄のヤクザからプロのビジネスマンへ」と題する集会を持った。FCBCシンガポールの刑務所伝道担当のピーター・スー牧師とジョン・タングさんがそれぞれ証しを語った。

ピーター牧師は、シンガポールの貧困層が住む小さな街で生まれ育った。毎日のようにけんかが行われ、血しぶきが頰に飛んできては、それを拭う日々だった。

「ギャングは、私にとってヒーローのような存在だった。ギャングは、日本でいう『ヤクザ』。15歳になった時、すぐにその仲間に入った。勉強は大嫌いだった。盗み、けんか、何でもやり、薬物にも手を出すようになった」

やがて自分も薬物に溺れ、警察に逮捕されてリハビリテーションセンターに送致された。

「誰か助けてくれ」と心の中で何度も叫んだが、答えは出なかった。出所後、大きな抗争に巻き込まれ、シンガポールにいられなくなり、香港に逃亡した。心機一転、ここで頑張るはずだったが、再びトラブルに巻き込まれ、香港を後にした。アメリカに逃亡すると、「これだけ遠くに来れば、必ず変わることができる」と自身を奮い立たせたが、麻薬や女性、アルコールの問題はますます深刻になっていった。

拳銃を手にして「これで人を殺せる」と思った瞬間、かすかに良心の呵責(かしゃく)を覚えたが、時間がたつと、それもなくなっていった。そして、ついに引き金を引く日が来た。それによってアメリカも追われることになった。

今度こそ再起をかけて香港で暮らすことに。自制をしつつ、目立たないよう静かに暮らしていた。常に悪との戦いだったが、結婚して生活は少しずつ穏やかになっていった。しかし、悪の習慣からはなかなか離れることができず、一時は離婚寸前までいったが、クリスチャンだった妻がそれも赦(ゆる)し、やり直すチャンスを与えてくれたという。

やがて妻に導かれて教会へ。キリストを知った日から胸には喜びがあふれるようになり、それが今まで続いている。自身も一度は身を置いたことのある刑務所への伝道を志し、牧師になった翌年、すぐにそれが実現した。現在は毎週日曜日、刑務所に向かい、午前と午後1回ずつ礼拝をするという。ピーター牧師は言う。

「刑務所の中でも外でも、僕のやることは変わらない。入り口で礼拝者を迎え、『今日の調子はどうだい』『この1週間はどうだった』と聞く。そして、共に神様を賛美し、メッセージを伝える。塀の中でも外でも、神様を礼拝することに変わりはないんだ」

シンガポールの死刑囚からビジネスマンへ ジョン・タングさん
死刑囚だった当時の写真とビジネスマンになってから

ピーター牧師に導かれてキリストに出会ったジョン・タングさん。14歳でギャングに入り、すぐにその抗争に巻き込まれた。けんかを繰り返し、お金が必要になると違法賭博に手を出した。元手がなくなると借金し、その負債を返済するため、薬物を売買するようになった。マレーシアからシンガポールに麻薬を密輸する仕事は、大きな収入になった。金遣いがますます荒くなり、お金がまるで神様のようだったという。

しかし1998年、ジョンさんが26歳の時、税関で捕まり、警察に逮捕された。その時、ジョンさんは61グラムの麻薬を所持していた。シンガポールでは、麻薬の取り締まりはとても厳しく、15グラム所持していると死刑になるほどだった。

刑務所の中では、絞首台のすぐそばの舎房で暮らさなければならなかった。同じ舎房にいる人々は、殺人犯や麻薬密売人など、重罪の人ばかりだった。しかし、その中に何か雰囲気の違う集団があった。彼らがクリスチャンだと気付くのに時間はかからなかった。同じ死刑囚にもかかわらず、平安があるように見えた。彼らからクリスチャンカウンセリングに誘われたが、プライドが邪魔して断った。

1カ月後、ジョンさんは別の刑務所への送致が決まった。それは、最高裁の判決を待っている時だ。そこにいる約20人の囚人はほとんど死刑だった。そこで再びクリスチャンカウンセリングに誘われ、今回は受けてみようと思った。そこでジョンさんはキリストに出会ったのだ。心にキリストを迎え入れると、不思議と平安と幸福が訪れたという。

シンガポールの死刑囚からビジネスマンへ ジョン・タングさん
話をするジョンさんと事件当時の新聞

しかし、ジョンさんには赦せないことが1つあった。それは、ジョンさんが逮捕されるきっかけとなった友人の裏切りだった。その友人を心から赦すことができないと思い悩み、牧師に相談した。牧師からの答えは「祈りなさい」だった。その言葉に従って祈り続けているうちに、彼への憎しみが消えていき、さらなる平安が訪れた。

ジョンさんはそれから自分のためにも祈った。「死刑になりませんように」。死ぬことはやはり怖かったのだ。毎日、祈るごとに聖霊が働き、死への恐怖は薄れていった。キリストと共に死の淵を歩けば何も怖がることはないと思えるようになった。

最高裁の判決が近付いていた。シンガポールでは、死刑を言い渡す時、誰もそのことに反論ができないよう、すべてのことを立証する必要があった。

ジョンさんは薬物を車のエンジンルームに隠し持っていた。現地の法律では、被疑者の自宅や私有地、車などの私有物の中から薬物が出てきた場合、その人のものとされる。それ故ジョンさんの弁護士は、その薬物がジョンさんのものではないか、他人の所有物でもありうることを立証しなければならなかった。そこで、ジョンさんの車を整備工場で調べてもらうことにした。その車は、事件発覚の6日前に購入したものだった。

裁判の争点は、その車のボンネットが鍵を使うことなしに開けられるかどうかだった。その車はエンジンルームに小さな欠陥があり、通常はありえないことだが、鍵を使うことなく、外部からいとも簡単にボンネットを開けることができる状態になっていた。

すると検察側は、「君が麻薬を14・99グラムしか持っていないことにする」と言い出した。検察側が立証できないことを自らの口から言わないようにするためだった。

こうして、ジョンさんは死刑は免れたものの、13年4カ月にわたって服役することになった。しかし、服役中は日々祈り、生かされている時間に感謝し、大きなトラブルを起こすことなく刑期を終えることになった。出所の日には、門の右側に両親や兄弟、左側にギャング時代の仲間が迎えに来ていた。ジョンさんは迷わず家族のもとに帰っていった。

出所後はビジネスの道に進んだ。真面目に働き、マネジャー職にも就いた。現在はピーター牧師と共に、アジアを中心に刑務所を訪れ、証しをしているという。

「神様は私にもたくさんの奇跡を起こし、祝福をしてくださるように、皆さんの人生にも多くの祝福をくださいます。神様のなさることは時にかなって美しいのです」

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