【論説】マルティン・ルターの信仰の現代的意義ー宗教改革500年を憶えて 阿久戸光晴

2017年10月31日06時31分 コラムニスト : 阿久戸光晴 印刷
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今年はルターの宗教改革からちょうど500年目に当たります。「マルタとマリア」(ルカ10:38~42)のマリアのように、私たちも宗教改革500年を守りたいと思います。

「わたしが悩みのなかから主を呼ぶと、主は答えて、わたしを広い所に置かれた」(詩篇118:5、以下口語訳)

これは、宗教改革者マルティン・ルターが非常に好んだ詩篇です。「悩みのなか」とは原文で「狭く閉じ込められたところ」の意です。確かに私たちが悩む時、たいへん狭い閉塞(へいそく)状況に自分を追い込んでいることが多いのです。

神は私たちを「広い所」へ連れて行き、私たちに広い視野を持たせて救われます。神に引き上げられる者は、神の視点に立つことになり、自身も周りも神のまなざしで見るようになるのです。信仰とは、自分自身の目から解放されて、神のまなざしですべてを見ることを意味します。

ルターの父親はたいへん厳しく、しばしば息子に、神の審(さば)きによる地獄の恐ろしさを語り、鞭(むち)をふるって脅かしていました。そのためルターは、「父なる神よ」と誰かが祈るたびに震え上がったそうです。

ルターは10代後半、散策中に突然の落雷に遭遇し、すぐ隣にいた友人の惨状を見て死を身近に感じ、死を神の審きとして受け止めました。大学を中退したルターは修道院へ入り、厳格な修行にも耐え、聖書を熱心に学び続けました。

1506年、22歳の若さで司祭の叙階を受けたルターは、エアフルト大学神学部で詩篇講義を始めます。そこでのルターの問題意識は、「人間の罪を見逃さずに審かれる神の恵みをどこで理解し、受け止めるか」でした。ルターは次第に詩篇講義ができなくなり、実際に講師を辞してしまいます。石の階段を毎日、膝立ちで100段以上も登るなど、厳しい修行を続けても、かえって空しくなるだけでした。ルターはどうしても「神の前における自分の義」を確信することはできず、心の平安を得られなかったのです。当時のルターは言っています。「神は私たちに清い生活を厳しく要求しながら、それを守る力を私たちに与えず、当時の私は神を憎みさえした」と。

エアフルト大学からウィッテンベルク大学へ迎えられたルターはある日、学生寮の図書館でローマ書を読み、気分転換をしようと塔に登った時、電光のようなひらめきが与えられました。これまで自分で義を立てようと躍起になっていたが、神は義を「恵み」として与えられる方ではないのか。「しかし今や、神の義が・・・現された。それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである」(ローマ3:21~22)とあるとおり、神からの一方的恵みとして、キリストの十字架によって罪が贖(あがな)われ、義と認められ、義を与えられるのではないのか。

ルターは以後、この光から聖書を読み直し、心の平安を得て、今度はウィッテンベルク大学で詩篇講義を再開しました。また、司祭として告解をしていたルターは、一般信徒も実は自分の罪と聖化の問題で苦しんでいることをよく理解していました。

そんな時、ドイツで盛んに販売されていた贖宥(しょくゆう)状のもたらす弊害は、決して見過ごすことのできない重大な信仰問題でした。販売僧によれば、この献金を出せば罪意識が消え、煉獄(れんごく)を通り過ぎて天国へ行きやすくなるというのです。

1517年10月31日は、平日でも大勢の市民が教会へ集まる諸聖徒祭(召天者記念日)の前日でした。ドイツ・ウィッテンベルク市の城教会の壁に、ルターは自ら「95カ条の抗議文(この「抗議」の語がプロテスタントの名の由来となりました)」を貼り付け、人々に問いかけました。

ローマ・カトリック教会と神聖ローマ帝国は統括上の秩序を乱す厄介な動きとして、これを見過ごしにできませんでした。1519年、ライプチッヒに公開討論会を開催し、抗議文を撤回するか、教皇無謬(むびゅう)説を認めない異端者の名を甘受するかを迫ります。それを拒否したルターは21年、教皇庁から破門されます。すなわちカトリック教会から「彼はもはや聖職者はもとより信仰者でさえない」と断罪されたのです。

しかし、全欧州でルターに共感する者が増え、キリスト教世界を二分する大変な事態となりました。そこで今度は神聖ローマ皇帝カール5世が1521年ウォルムスでの国会へルターを呼びつけ、「命は護(まも)るから、著書での主張を撤回せよ」と調停案を出しました。しかしルターは翌日、断言しました。「主イエス・キリストは十字架で苦しまれ、我らを救われた。わが良心は聖書の言葉に捉えられている。聖書に記されていない限り、それと異なる意見を言う教皇といかなる会議の権威をも我認めず、よって我が主張は一切撤回できない。我ここ(神の言葉)に立つ。我こうするよりほかなし」と。

そこで皇帝はルターに帝国法の保護下に置かない宣言をしたため、誰でもルターを殺害しても罪に問われないことになりました。しかし、フリードリッヒ侯がルターを自らのワルトブルグ城に匿(かくま)いました。ルターはここで聖書正典の編纂(へんさん)をし、かつ格調高いドイツ語に訳して、各家庭で信仰者が自分で聖書を読めるようにし、グーテンベルクの印刷術を用いながら、欧州各地へ教会改革を訴えて行きました。ルターのいささか狭いところでの叫びは、やがて欧州中に響き渡ったのです。まさに神はルターを「広い所」へ引き出されたのです。

ルター宗教改革の人類の精神史における根本的意義とは何でしょうか。

第一は、キリスト教のシンボルである十字架の縦木と横木のうち、神からの強い働きかけである縦木を明確化したことです。縦木が確立されてこそ、人間の共同性を示す横木が形成されるのです(キリスト教信仰の十字構造)。

律法主義と戦い、十字架へ上られたイエスを別格とし、福音と律法を並立させようとする初代教会内部の一部の動きと対決したパウロ。そして家父長的上意下達の当時のローマ体制に抗議したルター。いずれも彼らは、神なき人間的わざを排して、神の一方的福音の純粋なる恩寵(おんちょう)を守り抜いたのです。

第二は、信仰者一人ひとりに宿る聖霊の臨在を確信する「良心の自由」を発揮する勇気です。世界に広がる決定論的宿命論、「長いものには巻かれろ」という弱肉強食を信ずる運命論、現実主義という名のもとでの諦観的妥協論を排し、いかなる人間的権力・権威をも恐れず、正しいことや護るべきことを断固として護り抜く勇気の発露です。聖霊は、父なる神と子なるキリスト、神と人、人と人を結びつける、あの「横木」を形成していきます。

聖書は、多くの偽預言者の登場と破綻を伝えます。彼らは幻想を語って人々を一時的に引き寄せますが、真の姿を露呈した彼らに幻滅した人々は、今度は一切の預言(天来のメッセージ)を信じなくなり、聖書の初めの聖句「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり」(創世記1:2)の状態へ退行します。こうして現代人は再び薄闇の中へ引き込まれていくのでしょうか。これはたいへん危険で悲惨なことです。ルターの証しは、この地上に「光あれ」(1:3)と告げる役割でした。ここに現代的将来的意義があります。

阿久戸光晴

阿久戸光晴(あくど・みつはる)

一橋大学社会学部卒業・法学部卒業。東京神学大学大学院博士課程前期修了。神学修士。ジョージア大学法学部大学院等で学んだのち、聖学院大学教授。同大学長を経て、2017年3月まで学校法人聖学院理事長・院長兼務。専門はキリスト教社会倫理学。日本基督教団滝野川教会牧師、東京池袋教会名誉牧師。荒川区民として区行政にも活躍。説教集『新しき生』『近代デモクラシー思想の根源―「人権の淵源」と「教会と国家の関係」の歴史的考察―』『専制と偏狭を永遠に除去するために』ほか著書多数。
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