【宗教改革記念日特集】礼拝論のパースペクティヴにおける聖書翻訳 加藤常昭

2017年10月31日06時49分 執筆者 : 加藤常昭 印刷
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この文章は、5年前の日本聖書協会による「聖書セミナー」での講演を短くまとめたもので、加藤常昭先生と日本聖書協会の了承を得て転載しました。宗教改革500年を迎えるのに合わせて、先月、「新改訳2017」が刊行され、来年12月には日本聖書協会から「新共同訳」に代わる新しい「聖書協会共同訳」が刊行されます。翻訳をする側からは、新翻訳がどんなに優れたものになるか、さまざまに発信されていますが、それを受け止めて使う教会側の戸惑いや問題意識を伝えるものは多くありません。そこで、使い手側の機微を的確にとらえた加藤先生の文章をこの宗教改革記念日に共有できればと考えました。どういうポイントを押さえて新翻訳を読めばいいのか、今後の翻訳作業のために祈り、待ち望む助けとなることを願っています。(編集者)

 

第1の問い なぜ今新しい共同訳を刊行するのか

6歳の時から83歳の今日に至るまで、日本のプロテスタント教会に生きてきた私は、常に聖書の言葉に生かされてきた。今聖書を開くと、さまざまな聖書の言葉と自分の人生のさまざまな出来事、思いが結びついており、自分の生涯の歩みと聖書の言葉との重なりに一種の感動を覚える。それは聖書の言葉に神の言葉を聴き続けたということでもあるのである。特に自分の人生の危機(クライシス、岐路)において、聖書から聴こえた神の言葉の導きに生かされたという感謝の経験でもあり、また聖書を読み続けるところで思いがけなく聴こえてきた神の言葉(神の声)に、新しい生の展望を開いていただいたということでもあるのである。

文語訳(大正改訳)、口語訳、新共同訳の3つの委員会訳聖書によって養われてきた。日本聖書協会刊行の聖書翻訳が変わると、私の所属教会は、それを自然に受け入れてきた。翻訳が変わったことを自然に受け入れてきたのである。翻訳が新しくなる必然性を理解したからである。

幼い時に文語訳聖書に出会い、それに養われていた私が体験した使用聖書の変更は2度である。太平洋戦争の敗戦後、大きな時代の変化と、その状況における教会の伝道の使命を自覚していた教会は、敗戦後10年で刊行された聖書翻訳の口語化を当然のこととして支持し、受け入れた。文語文を読むのは学校教育においてであり、日常生活は完全に口語化されており、聖書の言葉の口語化は当然のことであった。また、そうした変革を喜ぶ気風が、戦後10年の教会には生きていたのである。

次の新共同訳もまた、教会そのものが新しいエキュメニズムの時代を迎え、カトリック教会との共同訳を刊行し得たことを喜び、新しい教会の時代が始まったことに感動しつつ、積極的に受け入れた。カトリックの方たちが、「イエズス」という大切な主の呼び名を棄(す)てて、「イエス」という呼称を受け入れたことにある種の痛みをも覚えつつ、同じ呼び名で主を呼び得るようになったことにも感謝した。今日、カトリックの信徒、神学者との、かつて想像し得なかった親しい交わりに生きる時、そこで新共同訳が果たした役割は大きいと思っている。

しかし、日本聖書協会によって今回企てられている新しい翻訳をする必然性が、教会の外にある日本社会にも、教会内部にも見出されないように思っている。なぜ今なのか。

第2の問い 従来の翻訳を変更する理由は何か

日本で既(すで)に聖書協会訳が長く用いられ、それが教会内外において広く読まれ、またこころに刻まれてきた。それはただ知識を伝える言葉としてではなく、魂を生かし、変革し、慰める力を持つ言葉であったからである。文語訳聖書は、今日の聖書学の観点からすれば、いろいろ欠点はあったであろうが、日本社会において広く受け入れられ、日本近代文学の形成に貢献し、また日本人のこころと言葉の歴史にも大きな影響を与えた。既に委員会訳聖書はその固有の歴史を持っている。それをどこまで積極的に考慮し、継承しているのであろうか。

創世記第28章10節以下のヤコブの物語において、ヤコブが見させられた夢に現れたのは、口語訳までは「はしご」であった。しかし、新共同訳においては「階段」になった。「階段」としたほうがヘブライ語にはより適切なのであろうが、従来、世界的に受け入れられてきた「はしご」という訳語をどうしても退けることが必要であったのであろうか。

また、私も少年期に暗唱した詩篇第23篇の2節にあった「いこいのみぎわ」が消えた。「水のほとり」となった。このために何が改善されたのであろうか。「みぎわ」と「水のほとり」とはどのようなイメージの変化を生んだのか。この必然性はわからないままである。しかも、私が牧師であった教会の教会員に「みぎわ」という名の女性がいたが、ひどくさびしそうであった。詩篇第23篇はイメージ豊かな信仰の歌である。そのイメージがわれわれの信仰の血肉を養ったのである。そのような詩編の翻訳には細心の注意を要するのではないか。

少年だった私の魂を燃やした聖句のひとつは、ローマの信徒への手紙第8章であった。「然(さ)れど凡(すべ)てこれらの事の中にありても、我らを愛したまふ者に頼り、勝ち得て餘(あまり)あり」(37節)。口語訳もまた「勝ち得て余りがある」とした。しかし、新共同訳は、「輝かしい勝利を収めています」とした。私は「勝ち得て余りある」という従来の訳は、他国語訳にまさる、パウロの〈こころ〉を読み取ったすぐれた訳であったと評価する。

私がここで問うているのは、神の言葉としての迫りが消えるような翻訳であってほしくないということである。日本聖書協会による委員会訳は、「学者読み」に終わるのではなく、「神の言葉」として読まれ得るものであり、読まれるべきものである。そうでなければ、委員会訳の意味はない。日本聖書協会の営みは教会の営みのはずであり、その委員会がする翻訳は、教会が神の言葉として聴くべき言葉の提供を意味するのである。そうであれば、聖書翻訳は最初から、そのことを意識した作業であるはずである。その作業を支える聖書学的パースペクティヴが、神の言葉として聴かれるべき聖書の言葉ということをどこまで踏まえ、翻訳者たちがカトリック、プロテスタント双方において、それをどこまで明確にした作業をするかが問われる。言い換えれば、教会に信頼される翻訳であってほしいのである。

礼拝の言葉・聖書

本来、聖書朗読は耳で聴くものである。聖書翻訳もまた、これを意識すべきであろう。

口語訳を用いていた頃、結婚式でエペソ人への手紙第5章30節の「キリストのからだの肢体」という言葉を読むのに困惑を覚えたものである。「死体」と聴き間違えられそうであったからである。少なくとも、「したい」という音を聴いて「肢体」という漢字をすぐ思い浮かべる聴き手は多くはないと思わざるを得なかったのである。新しい委員会訳も、耳で聴いてわかるだけではなく、礼拝をつくるダイナミックなリズムを持つ言葉となるかどうかを、きちんと吟味していただきたいと思う。

新共同訳が刊行された時、とにかく通読したことがある。数多くの新しい〈みことば〉体験をした。ひとつだけ例を挙げる。イザヤ書66章2節後半である。感動するままに私は何度も、この預言者の言葉を読み、また説いた。

わたしが顧みるのは
苦しむ人、霊の砕かれた人
わたしの言葉におののく人。

これは聴いてわかる言葉である。聴く者のこころを動かすこころのリズムを持つのである。

「神の言葉の説教が神の言葉である」ような説教をする時、出来事が起こる。そこでは聖書の言葉も説教の言葉も立つ。翻訳されている聖書の言葉が既に〈立っている言葉〉であることを求める。説教はそれを取り次げばよいのである。聖書の言葉の強さを増幅させればよいのである。

礼拝はどのような形式のものであっても、神の言葉を聴くことによって神と出会う行為であり、神の臨在を知るところである。そこで聴かれる神の言葉として聖書の言葉は、それにふさわしい品格、さらに言えば聖性を備えるものである。

加藤常昭

加藤常昭(かとう・つねあき)

1929年、中国・ハルピンに生まれる。東京大学文学部哲学科卒業、東京神学大学大学院修士課程修了。86年まで東京神学大学教授(実践神学)。86~87年、ハイデルベルク大学客員教授。95~97年、国際説教学会会長。97年まで日本基督教団鎌倉雪ノ下教会牧師。現在、同教団隠退教師。説教塾主宰として説教者の研修指導に励んでいる。
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