温故知神―福音は東方世界へ(82)大秦景教流行中国碑の現代訳と拓本27 川口一彦

2017年10月12日05時32分 コラムニスト : 川口一彦 印刷
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温故知神―福音は東方世界へ(82)大秦景教流行中国碑の現代訳と拓本27 川口一彦

<本文と拓本>文字32(802+32=834)

阿羅夲為鎮國大法主(仍って阿羅夲を崇び、鎮國大法主と為す)。法流十道(法は十道に流れ)、國冨元休(国は元休に富む)。寺滿百城(寺は百城に満ち)、家殷景福(家は景福に殷える)。
聖暦年釋子用壮(聖暦年に釋子は壮を用い)、騰口於東周(口を東周に騰げる)。

<現代訳>

阿羅本は鎮国大法主[注1]となって尊ばれ、福音は国の十道区画[注2]に流れ、祝福に富み、景寺は百城に満ち、家庭も景教の祝福であふれました。
則天武后(624~705、在位期間690~705)の聖暦年(698~699年)に仏教徒(釈子)から景教は東周(首都の洛陽)の地で悪口を受けました。

[注1]鎮国大法主は、唐の皇帝が宗教指導者に与えた名誉称号。
[注2]十道は、中国全土の区分のことで、『舊唐書』地理志一に「一は関内道、二は河南道、河東道、河北道、山南道、隴右道、淮南道、江南道、剣南道、十は嶺南道」とある。733年には15道となる。景教会堂は至る所に設置されていたことも分かる。

<解説>

則天武后は690年に皇帝に就くと聖神皇帝とし、天授と改元、国号を唐から武周としました。皇帝に就いてから13も改元したことは珍しいことです。さらに、自らを弥勒菩薩の生まれ変わりとし、偽経の大雲経を作り、各地に大雲経寺を作らせたほど自らを神仏に仕立てました。皇室では、唐皇帝の道教を後にし、仏教の地位を第一としました。また、国字を作ったのも有名で、その1つに國を圀としました。

このことから、仏教徒は則天武后の時代に悪口などの迫害に遭います。仏教徒がおごり高慢になったことからでした。しかし、景教徒にとっては、祈りつつ謙遜に神様に従い、忍耐が試された時代でした。

景教徒たちは、このような迫害と困難な時代に生きていました。

※ 参考文献
景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、イーグレープ、2014年)

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川口一彦

川口一彦(かわぐち・かずひこ)

1951年、三重県松阪市に生まれる。現在、愛知福音キリスト教会牧師。日本景教研究会代表、国際景教研究会(本部、韓国水原)日本代表。基督教教育学博士。愛知書写書道教育学院院長(21歳で師範取得、同年・中日書道展特選)として書も教えている。書道団体の東海聖句書道会会員、同・以文会監事。各地で景教セミナーや漢字で聖書を解き明かすセミナーを開催。

著書に 『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、2014年)、『仏教からクリスチャンへ』『一から始める筆ペン練習帳』(共にイーグレープ発行)、『漢字と聖書と福音』『景教のたどった道』(韓国語版)ほかがある。最近は聖句書展や拓本展も開催。

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