天皇制の「神の国」を叫ぶ日本で、聖書の「神の国」を語り続けた悲哀の預言者 赤江達也著『矢内原忠雄 戦争と知識人の使命』

2017年9月7日06時53分 記者 : 坂本直子 印刷
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+赤江達也著『矢内原忠雄 戦争と知識人の使命』
赤江達也著『矢内原忠雄 戦争と知識人の使命』(画像:岩波書店提供)
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「今日は、虚偽(いつわり)の世に於(おい)て、我々のかくも愛したる日本の国の理想、或(あるい)は理想を失ったる日本の葬(ほうむ)りの席であります。・・・日本の理想を生かす為(た)めに、一先(ひとま)ず此(こ)の国を葬って下さい」

戦時下の1937年、この講演の発言が問題とされて東京帝国大学教授辞任を余儀なくされた矢内原忠雄(1893~1961)。戦中戦後を通して態度を変えることなく生きた無教会の知識人として一般にも広く知られている。本書は、その思想と生涯をたどり、今までのようにただ「知識人」としてだけではなく、キリスト者、「預言者」としての貌(かお)に着目する視点から、矢内原が真に語ろうとしていた思想の内実に迫る。

著者の赤江達也氏(台湾国立高雄第一科技大学助理教授)は若手の社会学者。前著に、内村鑑三を扱った労作『「紙上の教会」と日本の近代』(岩波書店、2013年)がある。その後、「矢内原忠雄と戦争についても書かれるべきことがある」(244ページ)と感じて、本書が生まれた。

冒頭の、「矢内原事件」のきっかけとなった講演「神の国」での国家批判には、「日本の理想」の喪失に対する現世内的批判(社会思想・政治思想)と、聖書における「神の国」の到来という終末論的批判(宗教思想)という2つの異なる水準の議論が絡(から)み合っているという。またそこには、聖書の言う「預言者」(「真理」を語ることで国民から必然的に迫害を受ける者)としての意識が含まれていると指摘し、本書では、この「預言者」意識に焦点を当てながら矢内原の思想を描き出す。

また、矢内原のキリスト教信仰とナショナリズム思想にも注目し、特にこの2つの密接な結び付きを「キリスト教ナショナリズム」として検討する。しばしば戦後の価値観からそれは厳しく批判されてきたが、本書では、無教会主義の中核の1つである「よい意味でのナショナリズム(日本的キリスト教)」としての理解を試みる。その際に重要になるのが矢内原の天皇観であり、それは従来の矢内原評価に一石を投じるものと言えるだろう。

本書は全5章で構成され、矢内原の誕生から亡くなるまでの生涯をたどる。愛媛県今治市の医者の子として生まれ、旧制第一高等学校に在学中、内村鑑三に入門して無教会キリスト者となり、新渡戸稲造門下の植民政策学者として、戦後は東大総長などを歴任する。また、早くに結婚して哲学者となる長男の伊作などを設けるが、妻は24歳で病死し、その後、再婚。

その間、信仰と対峙(たいじ)するさまざまな問題――マルクス主義の台頭、戦時下での国体論、全体主義とキリスト教――に対して、厳しい言論統制の中、キリスト者として独自の言論活動を展開する。例えば、1930年代半ば以降、「矢内原は、天皇を現人神(あらひとがみ)とする『神の国』が語られる状況において、同じ標語を使いながらキリスト教的な理想を提示する。それらは同じ標語であっても、その内実はまったく異なっている。矢内原は同時代の社会思想の流行を取り入れながら、それをキリスト教的に組み替えようとする」(158~159ページ)。

この時期にプロテスタント・キリスト教主流派の中でも流行し、その「戦争協力」を象徴するスローガンとなった「日本的キリスト教」についても、矢内原は同様の戦略を用いる。つまり、この標語を戦争批判・国家批判として用いることで対抗していくのだ(159ページ)。

戦後、矢内原は、「天皇の人間宣言」が日本人の神観を変え、「天皇がキリスト教の〈神〉の前で『悔い改める』ことによって、日本が『神の国』の理想の実現へと近づくことになる、と考えて」いたという(191ページ)。しかし、占領期の終わりが近付いても福音を受け入れない天皇に失望し、天皇への期待はおろか、天皇を国民道徳の模範とする考え自体も否定するようになる。そして、「ただ、『神の国』の到来は、もはや天皇と国民の悔い改めによって実現するものではなく、『キリストの再臨』によるもの」(218ページ)と考えを変えていく。

そうして矢内原は、「神の国」を「平和国家」の理想と重ね合わせながら語り続ける。戦中、教会の指導者の多くが戦争協力を行ったことでキリスト教ナショナリズムを語るのが難しくなる中で、矢内原は「いわば『非転向』の知識人として、戦中と変わることなくキリスト教ナショナリズムの思想を率直に語ることができた」(238ページ)。

しかし、日本近代論とキリスト教的終末論が結び付いたような矢内原の主張は、「しばしば『キリスト教抜き』のかたちで受容され」(239ページ)、矢内原をいら立たせることになる。戦後、矢内原は、「平和と民主主義」を唱える知識人として称賛されたが、「預言者」として国民に語り続けた「神の言葉」は一般の人たちには受け入れられなかった。それは、矢内原にとって迫害を受けるに等しいことだったのだろう。預言者を「悲哀の人」と定義した矢内原の思いに胸が痛む。

赤江達也著『矢内原忠雄 戦争と知識人の使命
2017年6月21日初版
256ページ
岩波書店
840円(税別)

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