山の上ホテルはお茶の水の記憶を継承する 「ヴォーリズ建築としての山の上ホテル」トークショー開催

2017年8月26日07時00分 記者 : 坂本直子 印刷
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1937年に建てられた佐藤新興生活館。後の山の上ホテル。(画像:山の上ホテル提供)
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近江ミッションの主宰者であり、近年では建築家として知られるウィリアム・メレル・ヴォーリズ(日本名:一柳米来留〔ひとつやなぎ・めれる〕、1880~1964)の足跡をたどり、ヴォーリズ建築の魅力に迫る特別企画展が山の上ホテル(東京都千代田区)で開催されている。それに合わせたトークショーが19日、同ホテルで開かれた。定員をはるかに超える約95人が集まり、同ホテルとヴォーリズ建築にまつわるトークに耳を傾けた。

登壇したのは、一粒社ヴォーリズ建築事務所顧問で近江兄弟社嘱託研究員の芹野与幸(せりの・ともゆき)さん、産業遺産を記録見学するNPO法人 J-heritage(ジェイ・ヘリテージ)顧問で『東西名品昭和モダン建築案内』(洋泉社)の著者である北夙川不可止(きたしゅくがわ・ふかし)さん、同書の写真を撮ったアーティスト兼写真家の黒沢久紀(ひさき)さん。「大正・昭和 お茶の水に花開いた文化の香り・・・山の上ホテル2017」をテーマに語り合った。

米国カンザス州で生まれたヴォーリズは、コロラドカレッジを卒業後、1902年に開かれた世界宣教大会でビジョンを与えられ、北米YMCAの推薦を受けて、05年に滋賀県立商業学校(現八幡商業高校)に英語教師として来日した。熱心に伝道活動を行うとともに建築家としても活躍し、ヴォーリズの建築事務所は戦前だけでも全国で千を超える案件を扱っていたことが記録で辿れるという。

クラシカルな内外装を残す山の上ホテル本館も、戦前、お茶の水かいわいにあった3つのヴォーリズ建築のうちの1つ(他は文化アパートメントと主婦の友社の社屋)。山の上ホテルはもともと「佐藤新興生活館」として37年に建てられた。

佐藤新興生活館は、健康のための生活改善と社会改良を目指す社会教育事業の拠点だった。館内には、新興生活を指導する婦人養成のための生活訓練所が置かれていた。調理と被服を中心に、食物、住居、育児、家政、体育、修身、生活芸術などの学科があり、修行期間は1年とされ、生徒は館内で起居を共にしていたという。

これを建てた佐藤慶太郎は石炭商として名をはせていたが、米国実業家カーネギーの「富んだまま死ぬことは不名誉なことだ」という言葉に感銘を受け、富を社会に還元することの意義に目覚めた。また当時、富士山麓の農村で新生活運動をしていた山下信義や、『ほんとうの暮らし方』を執筆した岸田軒造らと出会ったことから、佐藤新興生活館を作るに至ったという。

山の上ホテルはお茶の水の記憶を継承する 「ヴォーリズ建築としての山の上ホテル」トークショー開催
ヴォーリズ建築事務所顧問で近江兄弟社嘱託研究員を務める芹野与幸さん

芹野さんはこう語る。

「佐藤はいくつかの出会いを経てマインドが変えられ、この建物を作りました。今日残っている山の上ホテルの建築はその物語を語り出します。建てられた意味を知るには、ここまで歴史をさかのぼる必要があります」

衣食住の消費生活や社会習慣全般の合理的改善を目指す「生活改善運動」は、大正から昭和初期にかけて起きた新しいムーブメント。それは、大正時代のスタンダードである男性優位の生活から、女性がしっかりした知識と教養を得て、自ら家庭をマネジメントする生活へとマインドから変えていくもので、お茶の水かいわいでは、経済学者の森本厚吉、大正デモクラシーの立役者である吉野作造、小説家の有島武郎の3人が集まってこの新しいムーブメントを始めた。

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日本初の洋式集合住宅文化アパートメント。1943年に閉鎖された。(画像:一粒社ヴォーリズ建築事務所提供)

その中で森本は22年に文化普及会を設立し、ヴォーリズ設計による日本初の洋式集合住宅「文化アパートメント」を御茶ノ水駅付近に26年に開館した。このアパートは生活を実践的に学ぶ場として作られ、洋風な建物と家具の中で実際に新しい生活を学ぶことができた。また部屋の中は、ヴォーリズによって合理的で動きやすい設計になっていたという。

25年には、主婦の友社の社屋もヴォーリズの設計によって建てられている。社長だった石川武美は16年に東京家政研究会を設立し、翌年、日々の暮らしにすぐに役立つ女性のための実用雑誌「主婦の友」の刊行を始めた。

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1925年に建てられれた主婦の友社屋。85年に取り壊されたが、その外観は、跡地に建てられた御茶ノ水スクエアA館に復元されている。(画像:一粒社ヴォーリズ建築事務所提供)

生活改善運動の趣旨は、「最大多数の最大幸福を求める。貧困からの脱却。一握りの金持ちだけでなく皆が平等になるために知識を持つ。家事の合理化、栄養管理、趣味(教養に近い)の向上」であり、また、「家庭生活は、男社会が中心ではなく、家族が中心であり、家族の幸せのためにある」ということも考えられていた。こうした森本、吉野、有島、佐藤、石川らの情熱の根底に流れている共通点が、ヴォーリズのキリスト教信仰と見事に重なり、お茶の水文化圏が産声を上げたことは興味深い。

文化普及会は生活改善運動を展開していく中で、23年、新しい住宅の考え方についての講演をヴォーリズに依頼した。3回にわたって行われた講演の内容が『吾家の設計』『吾家の設備』として出版され、今年4月には、ヴォーリズ建築ファン待望の復刻版が創元社から刊行されている。その解説を執筆した芹野さんは次のように話した。

「ヴォーリズの考える住宅は、『ハウス』ではなく『ホーム』です。家族が幸せで健康に過ごせ、一緒に生活できるということです。こういった住宅の考え方は、当時の一般の庶民にとっては初めて耳にすることであったはずです。また彼は『耐火建築人格論』を書いていますが、これは、働いている人が冷遇され、人格を無視されれば、情熱を持って建物を頑丈にしようとはしないということです。ヴォーリズが単に建築のデザインや技術にとどまらず、深い人間理解に基づく建築家であったことが分かります」

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左から黒沢久紀さん、北夙川不可止さん、芹野与幸さん

昭和のレトロ建築にこだわりを持つ北夙川さんは言う。

「阪神淡路大震災後の再開発で、知っている風景がどんどん壊されてしまいました。その時から、記憶の継承ができない街づくりはよくないと考え、そういう建物を残す活動をしています。なのに昨年、ヴォーリズの代表作である心斎橋大丸デパートが取り壊された時は本当に悔しかった」

軍艦島 奇跡の産業遺産』(実業之日本社)などの本も書いている黒沢さん。「軍艦島に行くたびに、建物が歴史を語っていくと感じます。炭鉱の中に作られた建物を見ていると、明治から昭和の日本の歴史が詰まっているように思います」

芹野さんは、「ヴォーリズ建築には、われわれを原風景に戻らせる魅力が漂っている」と語り、文化アパートメントと主婦の友社の建物がなくなった後、ただ1つお茶の水に残された山の上ホテルは、大正から昭和にかけて生まれた文化を物語る貴重な存在であることを強調した。

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現在の山の上ホテル。戦後、GHQに接収された佐藤新興生活館を、実業家・吉田俊男が佐藤家から借り入れ、1954年に開業した。(画像:山の上ホテル提供)

特別企画展およびトークショーを主催した山の上ホテル企画室マネジャーの峯松泰広(みねまつ・やすひろ)さんはこう語る。

「今回の企画展では、一粒社ヴォーリズ建築事務所をはじめ、多くの方々にご協力をいただき、たくさんの貴重な史料を取りそろえることができました。また、トークショーにも多くの方にご参加いただき、このかいわいにとって山の上ホテルの存在は大きいと感じました。お茶の水でただ1つ残されたヴォーリズ建築として、今後、地域の中でできることはたくさんあると思いますので、今後も皆さんに喜ばれる企画を考えていきたいと思っています」

特別企画展「ヴォーリズ建築としての山の上ホテル」は31日まで。開催時間は午前11時~午後5時まで。入場無料。会場は2階宴会場「つつじ」の間。期間内全日開館。詳しくはホームページで。

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