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神さまが共におられる神秘(22) 神さまが呼び集めてくださった私たちの家 稲川圭三

2017年8月6日05時23分 コラムニスト : 稲川圭三 印刷
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2014年8月3日 年間第18主日
(典礼歴A年に合わせ3年前の説教の再録)
 すべての人が食べて満腹した
マタイ14:13~21

入祭のあいさつ

今日は教会の中高生会の夏合宿の最終日です。「私たちのお家」というテーマで、3日間を過ごしてきました。

自分が今まで教会の中で出会ってきたこと、思ったことを分かち合い、「こんな教会があったらいいね」というみんなの理想のようなものを話し合ってきました。そして、実際に材料を使って教会の模型を2つ作り、形にしてみました。

今日、このミサの中でこの3日間のことを感謝して、これからの歩みが人の幸いのために生きるいのちとなり、大切に生きていくことができますように、このごミサをおささげしたいと思います。

説 教

今日の福音の、5つのパンと2匹の魚の出来事が教えてくれるのは、ミサのことだと言われています。マタイの福音書が書かれたのは、イエスさまが亡くなって40年くらいたってからのことです。イエスさまが5つのパンと2匹の魚で5千人以上の人を食べさせて満腹させ、そして残りまで出たという「過去」の出来事を思い出しながら、その出来事の上に、いつもいつも「今」ささげられている「ミサ」を重ねながら書かれたのではないかと思います。

イエスさまは5つのパンと2匹の魚でみんなを満腹させました。でも「今」は、ミサの中でイエスさまがパンを裂き、「これは私の体、食べなさい」と言って、みんなに食べさせています。食べさせているパンとは「イエスさまご自身のいのち」なのだということを思いながら、この出来事は書かれたのです。

3日間、「教会」ということについて私たちなりに思い巡らしてきました。そうしたら、分かち合いの中で何人かの人は、「教会は本当に、私たちがいる、自分がいるべき居場所ではないかな」と言っていました。

私は皆さんに、「教会」というのは、もともとはギリシャ語の「エクレシア」で、「神さまに呼び集められた者の集い」という意味なのだよ、それが「教会」ということの根本的な意味なのだよとお話ししました。

では、何のために神さまは私たちを「呼ばれる」のでしょうか。それは、人間一人一人の中に神さまが住んでおられることを教えるために、出会わせるために、お呼びになるのです。

みんながイメージして作った教会の1つは、緑の芝生の生えている上に立っている教会でした。今日の福音の中で、イエスさまは「草の上に」群衆を座らせました(19節)。それは旧約聖書の詩編23編のイメージです。

「主はわれらの牧者。私は乏しいことがない。神は私を緑の牧場に伏させ、憩いの水辺に伴われる」(『典礼聖歌』123番)・・・

緑の草の上に私たちを伏させて、おいしい牧草を食べさせてくださる神さま、養ってくださる神さまのイメージです。今日の福音では、草の上に座った群衆は豊かにパンで養われたのです。

皆さんが作ってくれたもう1つの教会は、父と子と聖霊を表す三角形の教会で、12の籠や12使徒を表す12本の柱に囲まれていて、4本の木が植えられている教会でした。彼らが説明するところによると、「4」は福音書の数だそうです。実はこのパンが増える奇跡の物語は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、4つの福音書全部に登場する唯一の奇跡だということをぜひ覚えておいてください。

イエスさまは私たちを呼んでおられます。私たちの中に神さまがお住まいになっておられるということに気付かせ、出会わせるために呼んでおられるのです。そして神さまは、ご自分のいのちの中に入ってくるように、私たちをいつも待ってくださっているお方です。神さまは私たちの中に、すべての人の中にいてくださるのです。

私たちが教会に来るということは、「いてくださる神さまの中に私たちが入ること」です。神さまはもう共にいてくださるのです。その神さまの中に私たちが入って、一緒に生きることが「教会に来る」ということです。そして、そこが私たちの本当の居場所なのです。

ある女の子が、「教会は、私たちが神さまのために時間を作るところ」だと言ってくれました。神さまは、いつも私たちの内にいてくださいます。だから、私たちも時間を作って、その神さまの中に入り、一緒に生きるようにするのではないでしょうか。

イエスさまとは、生涯、いつも、どんな時でも、共にいてくださる父である神さまの中にいて、一緒に生きてくださった方なのです。イエスさまこそ「教会」、エクレシアそのもの。神さまがお住まいになっておられる「神の家」でいらっしゃいます。

私たちがこれから歩んでいく歩みの中で、本当に自分の中に神さまが住んでおられ、自分が「神の家」であると分からせてもらったなら、出会う人にも、「神さまがあなたと共におられる」「あなたは神の家」「神さまが住んでおられる神の家なのだよ」と教える人になっていくように、そういう招きを受けています。その時、私たちが神の家、教会になっていきます。

その真実を伝えるために、キリストは、すべての人と共におられる神さまの真実の中に復活してくださいました。そして、その真実に私たちが、また新しく出会うように、イエスさまご自身が、今日もパンのかたちで私たち一人一人のところに来てくださいます。ですから、キリストと一緒に、神さまがお住まいになる「神の家」としての歩みを、私たちそれぞれの人生の中で発展させ、完成させ、私たちが「神の家」になっていくようにお祈りをしたいと思います。

稲川圭三

稲川圭三(いながわ・けいぞう)

1959年、東京都江東区生まれ。千葉県習志野市で9年間、公立小学校の教員を務める。97年、カトリック司祭に叙階。現在、カトリック麻布教会主任司祭。著書に『神父さま おしえて』『イエスさまといつもいっしょ』『365日全部が神さまの日』『神さまのみこころ』(いずれもサンパウロ)など。
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