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温故知神―福音は東方世界へ (77)大秦景教流行中国碑の現代訳と拓本22 川口一彦

2017年8月3日12時35分 コラムニスト : 川口一彦 印刷
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温故知神―福音は東方世界へ (77)大秦景教流行中国碑の現代訳と拓本22 川口一彦

<本文と拓本>32文字(644+32=676)

京義寧坊造大秦寺一所(所司は即ち京の義寧坊に於いて大秦寺一所を造り)、度僧廿一人(僧二一人を度す)。宗周徳喪(宗周の徳が喪びて)、青駕西昇(青駕が西に昇り)、巨唐道光(巨唐の道光やけば)、景風東扇(景風は東扇す)。旋令有司(有司を旋らしめて)・・・

<現代訳>

役人たちは長安城内の一画にある義寧坊に大秦寺を建て、指導者たち21人を迎えました。昔、宗周の時代、宗家の徳が失われたとき、西に昇る青駕のように、偉大な唐の道が光り輝き、景教は東の中国に来ました。役人たちは・・・

<解説>

大秦寺の文字は碑文冒頭にも出るが、大秦とはユダヤのこと。ユダヤのイエスの教えであることから景(景は世界の光イエスの意味)教とした。以前の名称はペルシアから来たことから波斯(ペルシア)寺と呼んでいた。景風はイエスの教えのこと。

温故知神―福音は東方世界へ (77)大秦景教流行中国碑の現代訳と拓本22 川口一彦

宗周とは紀元後の人と時代で、その時代が過ぎて、唐の時代となって栄え始めたときに景教が長安に来たという。唐代の開始は紀元618年で、17年後の635年に初代宣教師が公的に中国に入った。その時代は太宗皇帝が全土を掌握し、安定に向かっていた時期でもあった。

※ 参考文献
景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、イーグレープ、2014年)

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川口一彦

川口一彦(かわぐち・かずひこ)

1951年、三重県松阪市に生まれる。現在、愛知福音キリスト教会牧師。日本景教研究会代表、国際景教研究会(本部、韓国水原)日本代表。基督教教育学博士。愛知書写書道教育学院院長(21歳で師範取得、同年・中日書道展特選)として書も教えている。書道団体の東海聖句書道会会員、同・以文会監事。各地で景教セミナーや漢字で聖書を解き明かすセミナーを開催。

著書に 『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、2014年)、『仏教からクリスチャンへ』『一から始める筆ペン練習帳』(共にイーグレープ発行)、『漢字と聖書と福音』『景教のたどった道』(韓国語版)ほかがある。最近は聖句書展や拓本展も開催。

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