思い出の杉谷牧師(5) 下田ひとみ

2017年9月15日06時36分 執筆者 : 下田ひとみ 印刷
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5 クリスマス劇とキャロリング

 

こんなクリスマス会もあった。

それは教会学校にきている子供たちのクリスマス会で、この日1番のメインである、子供たちと教師による「劇」が始まろうとしていた。

杉谷先生は大金持ちのユダヤの商人の役だ。

ところが「小さな子供」の役をする子供が熱を出して休んだということで、急きょ先生が2役を引き受けることになった。

劇が始まった。

先生がベレー帽に短いベストを着た姿で登場する。

先生のセリフ。

「おじちゃん、林檎(りんご)をおくれよ」

おじさん役の小学2年生の男の子が、先生を見上げて答える。

「坊や、いくつほしいんだい」

「ふたつ。お母さんと僕の分」

「お金は持っているかい」

先生は黙ってうつむいてしまう。

「お金がないなら、林檎をやるわけにはいかないよ」

おじさん役の子供が立ち去ろうとした。

「お願いだよ、おじちゃん。お母さんが病気なんだ。1個だけでもおくれ、お母さんに林檎を食べさせてあげたいんだ」

貧しい可哀相(かわいそう)な子供の役なのだが、60を前にした先生がそれをやると、可笑(おか)しさがこみあげてくる。

「坊や、駄目だよ。これは売り物なんだ、早く家にお帰り」

「わかったよ。じゃあ、さようなら」

こうして先生は退場。

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クリスマス劇

しばらくして場面は変わり、今度は本来の先生の役である大金持ちの商人が登場してくる。裾(すそ)まである長い衣をまとい、布をターバンのように頭に巻きつけた先生は、ユダヤ人の姿がよく似合った。

「ああ、お金!」

出てくるなり先生は、ダンボールに金色の紙を貼って作った大きな金貨を、上着の胸から取り出して叫んだ。

「わしの1番大事なもの、それはお金!世界で1番愛するもの、それはお金!」

先生は嬉しそうに作り物の金貨に頬をすり寄せた。

大笑いの渦が客席で起こる。これほど先生と縁遠い役はないと思われるのに、それが実によく似合うのだ。

「わしの1番好きなもの、お金!わしの1番の宝、お金!」

私たちは大喜びで拍手喝采した。

「わしの命と同じもの、お金!」

まさに名演技だった。

 

凍るようなイブの夜だった。私たちはキャロリングをするために教会に集まっていた。

ピアノを囲んでの練習が終わった後、何台かの車に分かれて乗り込んだ。私は杉谷先生の車だった。運転しているのは、まだ信者になりたての小池さんだ。

1番目の家に着く。

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車から降り、皆でその家の前を取り囲むようにして立った。持っていた蝋燭(ろうそく)に次々と火がともされる。

 

メリー・クリスマス メリー・クリスマス

メリー・クリスマス ツーユー

 

みんなで一斉に声を合わせる。

玄関の明かりがついて、家の人が出てきた。

 

きよしこのよる 星はひかり

すくいのみ子は まぶねの中に

ねむりたもう いとやすく

 

家の人も一緒になって歌う。白い息が闇に広がり、蝋燭の灯がゆらゆらと揺れる。

ふと見ると、こんなに寒い夜なのに、小池さんはコートもジャンパーも着ていない。

歌が終わって先生は小池さんに声をかけた。

「上着はどうされました。車の中ですか」

「いやあ、車の運転だけだと思ってたんで、持ってこなかったんですよ」

キャロリングは初めてだった小池さんは、運転の奉仕者も歌に参加するとは知らなかったらしい。

これを聞いた先生は上着を脱いで小池さんに差し出した。小池さんはびっくりして、とんでもないといった顔で手を振っている。重ねて先生は勧めたが、小池さんは、

「大丈夫ですから、先生の方こそ早く着てください。寒いですよ」

といって、逃れるように足早に、徒歩で行ける次の家へと向かって行った。

その後、先生は上着を車の中にしまいこんでしまった。

何軒も何軒もキャロルは歌われていく。先生は薄い背広姿で積もった雪の中に立っている。

「先生、寒いでしょう。コートを持ってきましょうか」

私は何度か先生に声をかけた。

「いや」

先生はわずかに首を振るだけで、その都度決して「うん」とはいわない。

行く先々の家では、上着のない先生の姿に気づいた人もあった。

「先生、コートは着てこられなかったんですか」

先生は、白髪の混じった眉を困ったようにひそめて、

「いやなに、大丈夫です」

と言葉少なに返事をする。

人々は怪訝(けげん)な顔をしてもっと何か訊(たず)ねたそうにするが、頑固に押し黙ってしまう先生の様子に、それ以上の言葉はつい呑み込んでしまう。

ずっとこんな調子だった。

骨太でがっしりたくましい小池さんと、細身で病身の先生とでは同じ寒さでも身にしみ方が違うのに……と、私は気が気でならない。幸い(?)というか、途中でほかの車の運転手になった小池さんは、初めての奉仕に夢中で、このことにちっとも気がつかなかったようだ。

 

キャロリングが終わった。

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教会に帰ると、ストーブで暖められた部屋と熱いおしるこが待っていた。

先生の奥さんが車の音を聞きつけて、玄関に私たちを迎えてくれる。

「お帰りなさい。寒かったでしょう、ご苦労様」

このねぎらいの言葉と甘いおしるこの匂いで、私たちは役目を果たし終えた解放感でホッとし、今までの寒さも忘れてしまう。毎年毎年これが恒例の、私たちのイブの夜なのだ。

会堂に入り、ストーブを囲んで座った。コートを脱ぎ、思い思いの恰好をし、すっかりくつろいで熱いおしるこをすする。

「寒かったなあ」

「足の先がじんじんするで」

「でも今年も無事に終わったなあ」

「本当に」

「感謝だなあ。あの森下さんところの子供、こんなに遅うまで、よう起きとったな」

「うちやーがくるまで寝んって、がんばったんだって。ついでに、サンタクロースがくるまで起きとくっていっとったで」

「そりやあ、えらいことだ」

おどけた笑い声が起こる。

先生はお椀を持たず、まだストーブに両手をかざしていた。すっかり冷えきってしまった身体がなかなか暖まらないのだろう、と私は熱いお茶を先生の前に置く。

「小西さんとこで出してかあさった、こぶ茶、うまかったなあ」

「うん。熱うて、はらわたに沁(し)みたなあ」

「北町さんがくれた飴も、ありかたかったで。ちょうど歌いすぎとって、声がかれてきとってな」

「そうだが、うちもそうだったが」

「ぼくもそう。ちょうどうまい時に、うまい具合に出てくるんだが。不思議でなあ」

「主(しゅ)の山に備えあり、だが」

「本当だ。あんた、うまいこというなあ」

先生がようやくおしるこの椀を手に取った。白い湯気がうっすらと、青ざめた顔にかかる。

しばらくして人心地がついたらしく、先生がいった。

「いやあ、みなさん、今日は本当にご苦労様でした。こんなに遅くまで、お疲れ様です」

その言葉は先生のほうにあげたい、と私は腕時計を見た。針は午前をまわっている。

外では街路樹が凍り、明かりの消えた家々の窓を雪の結晶が飾っていた。2千年前と同じように星は夜空を彩り、人々は眠りに就いている。

救い主の生まれた夜が始まったのだ。

下田ひとみ

下田ひとみ(しもだ・ひとみ)

1955年、鳥取県倉吉市生まれ。77年、鳥取福音ルーテル教会で杉谷秘伯牧師から洗礼を受ける。86年から91年にかけて沖縄本島に暮らし、現在は鎌倉市在住。逗子キリスト教会会員。著書に、『トロアスの港』『勝海舟とキリスト教』『翼を持つ者』『うりずんの風』(いずれも作品社)『雪晴れ』(幻冬舎ルネッサンス)『落葉シティ』(文芸社)。
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