思い出の杉谷牧師(4) 下田ひとみ

2017年9月8日06時36分 執筆者 : 下田ひとみ 印刷
Facebookでシェアする Twitterでシェアする
関連タグ:下田ひとみ

4 教会の春夏秋冬

 

教会には1年中いろいろな行事があった。

正月の元旦礼拝。

この日ばかりは日本人らしく、教会にも着物姿の人が目立つ。いつもの日曜より30分遅い午前11時に礼拝が始まり、お昼には持ち寄った餅で雑煮を食べながらの愛餐会が行われる。私たちはそこで年始の挨拶をし、新年の抱負を語り、和やかに時を過ごしていく。

春の復活祭。イースター。

水仙、フリージア、ストック、百合、講壇に活けられた芳香ただようそれらの花々で象徴される、イエスが甦(よみがえ)られた喜びの日。春分後の最初の満月の次の日曜日に、その日はやってくる。

赤や黄に色づけされたゆで卵が配られる、子供たちにとっても楽しみの日である。

夏がきて、夏休みが始まる。

「男の子たちは、キャンプファイヤーに使う枝を庭から集めて。女の子たちは、花壇のお花にお水をやってね」

教会学校の先生の、よく通る声が響く。子供たちの歓声、黒板のチョークの匂い、テーブルの『子ども賛美歌』。

ビニールで作ったプールに、待ちきれない子供が足を入れようとしている。ふざけて向けられたホースの水。水しぶきが七色に光り、幼い叫び声が上がる。

幼稚科の子供たちが昼寝をしている午後に、小学科の子供たちがカレーをつくっている。額の汗、包丁を持つ危なげな手つき、慣れないコンロの火。でもこれも、昼寝から起きだした幼稚科の子供たちの「おいしそう!」のひとことで一気に報われる。そして夏期学校のカレーは、いつもとびきりおいしいのだ。

学んだり、歌ったり、遊んだり、つくったり、そして食べたり、子供も大人も一緒に、みんなで元気いっぱいの、教会学校の夏期学校。

思い出の杉谷牧師(4) 下田ひとみ
夏期学校のキャンプファイヤーで立っているのが杉谷先生

そして秋、特別伝道集会、略して特伝。

これは年に2回、春にも行われ、春の特伝、秋の特伝と、私たちは区別していた。他の教会から講師の先生を招いたり、映画会を催したり、その年その年で内容はさまざま。神様のことを知らない人々にひとりでも多く福音をと、案内の立て看板やポスター描き、ビラ配りにハガキ、電話案内と、忙しくも充実した日々を送る。

11月3日、文化の日のバザー。

幼稚園と共催ということもあって、毎年多くの人が訪れる活気ある日。私たちは幼稚園の保護者と一緒になって、料理をつくり、皿洗いをし、あるいは映画を上映し、本や手芸品を売り、運んだり、計算をしたり、かたづけたりして、1日中立ち働く。

秋が終わり、教会の庭を落ち葉が埋め、迎える冬。

私たちにとって胸ときめく季節がやってきた。11月の終わり、あるいは12月の初め、その年の暦によって違いはあるが、ある日、教会の講壇に4本の蝋燭(ろうそく)が立てられる。アドベント(待降節)に入ったのだ。日曜の聖日ごとに蝋燭の灯は1本ずつともされていく。4本全部がともった週に、クリスマスを迎えるのだ。

教会堂は50人が座れるほどの広さの木造平屋建てで、木の十字架が講壇にかかっているだけの質素な内部だった。

でもこの時季には、講壇にはつやつやとした本物の樅(もみ)の木が飾られ、真っ赤なポインセチアの鉢が並べられる。

そこで私たちは、劇の稽古や歌の練習、衣装や舞台づくりなど、クリスマス会に向けてのさまざまな準備を行った。救い主であるイエス・キリストの誕生を祝って、教会ではいろいろなクリスマス会をするのだ。

教会学校、青年会、中高生会、婦人会、そして各々の家庭集会のクリスマス会等々。

 

その中に、刑務所のクリスマス会というのがあった。

刑務所の教誨師(きょうかいし)をしていた杉谷先生は、毎年クリスマスには招かれて、服役中の人々の前で話をし、祈りを捧げていた。この時は信徒のみならず、求道者であっても、希望する者は一緒に参加することができた。

「鳥取刑務所」と書いてあるバスが教会の前に迎えにくる。蝋燭と賛美歌の本を手に、私たちはそれに乗り込む。その日は先生の幼い子供たちも一緒だった。

そこは学校の体育館のようなところで、壇上からは集まっている人々が見渡せた。200人ほどだろうか。全員が男性で、頭を刈って灰色の服を着、ござの上に座っている。若い人も中年も年老いた人もいた。制服を着た看守の人たちが周りを取り囲んでいるのが、場に独特の雰囲気を与えている。

「みなさん、クリスマスおめでとうございます。どうしてクリスマスには、『おめでとう』と挨拶するのか、みなさんは知っておられますか。それはイエス・キリストの誕生日だからです。ではこのイエス・キリストとはどういうお方か、それをこれからお話ししようと思います」

杉谷先生の話が始まる。

私たちは火のついた蝋燭を手に、椅子に腰掛けていた。壇上に椅子は横向きに2列に並べてあり、先生は右端のマイクの前に立っていた。話は佳境に入っていき、先生の声には熱がこもってくる。ござに座っている人々は思い思いの表情で、うつむいたり、横を向いたり、壇上を見上げたりしていた。正座をしている人、胡坐(あぐら)をかいている人、視線を一点に集中している人、目をつぶっている人、いろいろな人がいる。

やがてその中で、多くの人々の目が前列左端の椅子に向けられていることに私たちは気がついた。そこには先生の下の子供で、3歳になる泉ちゃんが座っているのだった。

思い出の杉谷牧師(4) 下田ひとみ
左端が杉谷先生の長女の道子ちゃん、右から3人目の赤い服が次女の泉ちゃん

泉ちゃんに注がれている視線はさまざまだった。

懐かしそうに目を細めている人、思い詰めたようなまなざしを送っている人、こぼれるような笑顔で見つめている人。

泉ちゃんは先生似で、頬が赤く、まっすぐに切りそろえたおかっぱ頭がいかにも幼げで可愛かった。泉ちゃんが動くたびに、人々の間で小さな歓声がもれる。

そのうちに泉ちゃんの身体が段々傾いてきた。どうやら先生の話に飽きて居眠りを始めたらしい。

人々は笑い出した。声に出して笑うのではない。それはあまりの可愛さに思わず出てしまう微笑といったものだった。

うつむいていた人も、眼を閉じていた人も、壇上を見上げ始めた。今や皆が泉ちゃんを見ていた。泣き笑いのようにして涙を流している人もいる。

先生が気がついて、泉ちゃんのところに来た。小さな手に握りしめている蝋燭をそっと取る。人々はさざ波のような笑い声をあげた。

「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。きょうダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生まれになった」

先生の声とともに私たちは立ち上がった。

会場の電気が消される。

 

もろびとこぞりて むかえまつれ

久しく待ちにし 主はきませり

主はきませり 主は主はきませり

 

歌声が暗い会場に響きわたった。

泉ちゃんは壇上の席で、こんこんと眠っている。

私たちが持っている蝋燭の光が揺れていた。人々は蝋燭を見つめ、そして泉ちゃんを見つめていた。それはあたかも彼らの眼には泉ちゃんも、大きな光のように見えているかのようだった。

下田ひとみ

下田ひとみ(しもだ・ひとみ)

1955年、鳥取県倉吉市生まれ。77年、鳥取福音ルーテル教会で杉谷秘伯牧師から洗礼を受ける。86年から91年にかけて沖縄本島に暮らし、現在は鎌倉市在住。逗子キリスト教会会員。著書に、『トロアスの港』『勝海舟とキリスト教』『翼を持つ者』『うりずんの風』(いずれも作品社)『雪晴れ』(幻冬舎ルネッサンス)『落葉シティ』(文芸社)。
この記事が気に入ったら「フォロー」しよう
フェイスブックで最新情報をお届けします
関連タグ:下田ひとみ

クリスチャントゥデイからのお願い

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。皆様のおかげで、クリスチャントゥデイは月間40万ページビュー(閲覧数)と、日本で最も多くの方に読まれるキリスト教オンラインメディアとして成長することができました。

記事の一つ一つは、記者が取材をして書き上げ、翻訳者が海外のニュースを邦訳し、さらに編集者や校閲者の手も経て配信しているものです。また、多くのコラムニストや寄稿者から原稿をいただくことで、毎日欠かすことなくニュースやコラムを発信できています。

この日々の活動を支え、より充実した報道を実現するため、読者の皆様にはぜひ、祈りと共に、サポーターとして(1,000円/月〜)、また寄付(3,000円〜)によって応援していただきたく、ご協力をお願い申し上げます。支払いはクレジット決済(Paypal)で可能です。希望者には、週刊メールマガジンも送らせていただきます。サポーターや寄付の詳細、またクレジットカードをお持ちでない方はこちらをご覧ください。

  • 金額を選択:
  • 金額を選択:

コラムの最新記事 コラムの記事一覧ページ

主要ニュース

コラム

人気記事ランキング