【論説】タテ社会からヨコ社会への巨大な地殻変動に立って 阿久戸光晴

2017年7月17日06時37分 執筆者 : 阿久戸光晴 印刷
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私の亡き父と母は見合い結婚をもって結ばれ、伝統的ノンクリスチャン社会に生きてきた。最初に2人が会った時が見合いの時であり、2度目に会ったのはなんと結婚式場であった。今では考えられない話であろうが、当時の地方ではよく見られた光景であった。2人とも苦笑いしながら私にそれを語ることが常であったが、幸い2人には愛が芽生え、幸せな家庭を築くに至った。大正デモクラシー期以降、新郎新婦に拒否権はあったようであるが、両家、それも両家の家長同士が本質的に婚姻の最終決定権を持っていた。

中根千枝東大名誉教授は日本社会の特質を「タテ社会」と呼んだ。それは血縁を人間の基本的絆とし、父に象徴される家長たる男性が主導していく儒教的社会構造なのである。現在の日本国憲法第24条第1項には次のように記されている。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」。つまりタテ社会は、それとは対極にある基本構造であったと言わねばならない。

ちなみに、婚姻により夫婦のどちらかの名字が変わって統一されるのは、日本社会では夫婦によって形成される新しい家庭を名乗るためというよりも、どちらかの家を名乗ることによる「家入り」の象徴であった。しかし、「こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる」(創世記2:24)という聖句は、人類社会において「血縁から契約へ」という巨大な地殻変動をもたらすものであったと言ってよい。

ある宗教団体で国際的集団見合いがあり、そのパートナーを教祖が一方的に決めるという話が物議をかもした。事実であるとすれば、日本国憲法の精神からして由々しいことである。しかしその根本は、上記の儒教的文化伝統の上にキリスト教的色彩が加わっただけのものであり、よく言っても syncretism(宗教混合状態化)であろう。東アジアにおいてはタテ社会の要素が今なお強い。

ところで、現代社会の本質をいかにとらえたらいいだろうか。私は、上記の御言葉が重要な鍵を握ってきたと考える。古代・中世・近世・近現代という歴史の流れの中で社会は変動している。それは、「血縁社会から契約社会へ」の恒常的変動である。

親子は血縁で結ばれている。そこでは、温情主義や報恩原理が働く。親子関係型タテ社会では、民族性や固有の文化伝統が大きな影響力を持つ。一方、夫婦は出会いにより愛が深められて、神の名のもとで約束によって結ばれる。そこでは、一種の競争原理ともいうべき互いの魅力や実力や誠意が恒常的に問われる。

親が決める見合い結婚から自由恋愛結婚へ。血縁による同族会社から、雇用契約による株式会社へ。そして、親子関係型血縁社会の最たる神権天皇制を含む君主政や貴族政から、夫婦関係型契約社会が必然的に要請する共和政や民主政へ。かつて菊の御紋を飾っていた学校もあったという国公立校から、固有の建学の理念を有し、その理念への共鳴から約束的に入学する私立校へ。人間の意識を超えて、すさまじい地殻変動が社会構造の基礎にある。

旧新約聖書は、神と人との約束、神の民との約束が主題である。人類の社会変動史は、紆余(うよ)曲折を経つつ、この原理の線に沿っている。それは逆戻りのできない「血から契約へ」という恒常的流れである。

タテ社会の問題は、親子関係から来る「甘えの構造」の問題であった。しかし、現代のヨコ社会の問題は、約束そのものから来る契約不履行に基づく容易な契約解除の問題であり、それが社会の結び付きを非常に危うくしている。さらに、「腐っても血筋」社会の停滞から、「競争に基づいて勝ち抜いた者との契約」社会への変化は活力を生むが、現代社会は常に魅力を示し続けることの困難な老いや疲労や病の問題につまずいている。これは脆弱(ぜいじゃく)な絆の危機なのである。

ところで、商取引に象徴される二者間契約を contract と呼ぶなら、聖書における神を中心とする当事者間の三者間契約 covenant、さらには、何としても約束を守ろうとするため自ら犠牲になって契約を発効させる遺贈契約 testament まで理解して初めて、現代の絆の危機の克服は見通せるであろう。

ヨシュア率いるイスラエル人とギブオン人との契約のエピソード(ヨシュア記9章)がある。出エジプトから約束の地へと快進撃を続けるイスラエル人の行路途上にあり、その軍勢に恐れをなしたギブオン人は一計を案じ、さも遠路はるばる平和条約を締結しにやって来た民族のように装い、神の名で不可侵契約を結ぶ。しかし、後でだまされたことを知ったイスラエルの民は怒り、契約の破棄とギブオン人への即時攻撃を主張するが、ヨシュアたち指導陣は止める。

神の名において私たちは契約を守ると約束した。それゆえ私たちが契約を破棄することはできない。すなわち、この契約は神との約束でもある。契約にあたって人間の側に落ち度があったとしても、神が契約を守られる以上、契約当事者は皆、厳粛に契約を守らねばならない。「わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。キリストは御自身を否むことができないからである」(2テモテ2:13)。これが contract ならぬ covenant としての聖書の約束の本質である。

聖書は言うまでもなく「旧(ふる)い約束と新しい約束の書」である。人間は約束を守りきれぬ弱さがある。約束を守れぬなら、容易に契約破棄になろう。しかし、約束を守る力は本来、キリストにある。キリストは自らを犠牲にしてまで人間に恩恵を賜る(ヘブライ9:15~)。契約の本質を covenant 以上の testament とされたイエス・キリスト。この光に照らして、現代の今なお残るタテ社会の問題、また contract としての現代のヨコ社会の問題を、クリスチャントゥデイの記者たちと共にさらに追究していく。

阿久戸光晴

阿久戸光晴(あくど・みつはる)

一橋大学社会学部卒業・法学部卒業。東京神学大学大学院博士課程前期修了。神学修士。ジョージア大学法学部大学院等で学んだのち、聖学院大学教授。同大学長を経て、2017年3月まで学校法人聖学院理事長・院長兼務。専門はキリスト教社会倫理学。日本基督教団滝野川教会牧師、東京池袋教会名誉牧師。荒川区民として区行政にも活躍。説教集『新しき生』『近代デモクラシー思想の根源―「人権の淵源」と「教会と国家の関係」の歴史的考察―』『専制と偏狭を永遠に除去するために』ほか著書多数。
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