「人の営みから生じる矛盾を神に委ねれば、科学と信仰は両立できる」 情報科学の専門家・藤原礼征さん

2017年7月7日06時12分 記者 : 池上紅実 印刷
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+人の営みから生じる矛盾を神に委ねれば、科学と信仰は両立できる 情報科学の専門家・藤原礼征さん
東京フリー・メソジスト小金井教会の宮川浩二主任牧師(左)と、4月16日のイースター(復活祭)に洗礼を受けた藤原礼征さん
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東京フリー・メソジスト小金井教会(東京都小金井市、宮川浩二主任牧師)は日曜日の6月18日、特別礼拝(オープンサンデー)を持ち、伊藤真人伝道師のメッセージに続いて、情報科学の専門家である藤原礼征(ひろゆき)さんが「科学と信仰」というテーマで証しを語った。オープンサンデーは、教会に初めて来た人や聖書を知らない人を特に意識した礼拝で、年に数回開催している。

藤原さんは今年4月に同教会で洗礼を受けたばかり。講演の経験は豊富だが、教会でこのようなテーマで話すのは初めてだという。「科学と『信仰』は両立すると確信しているが、科学と『宗教』は矛盾する場合があると思う。それは私たちの解釈が矛盾を起こすから。今日は科学と信仰の両面から真理について考えたい」と前置きした上で、次のように語った。

情報科学の発達が、世界の見方を変える

20世紀末、情報科学が飛躍的に進歩することで、私たちの社会や経済が大きく変化した。物理学などの科学分野においても、それまでの物質・エネルギー中心の世界観から、情報中心の世界観へと大きくシフトしつつある。

物理学最大の課題である、時間 / 空間 / 重力と物質 / エネルギーの統一理論の解明に向けて、さまざまな仮説が立てられている。その候補の1つである「ループ量子重力理論」では、時間と空間がコンピューターのようにデジタル(とびとびの離散的な量)な構造を持つと考えられている。

さらに、ブラックホールの研究から、ホログラフィック宇宙論という仮説が打ち立てられようとしている。この宇宙は、別の2次元の平面に存在する情報が3次元の空間に投影されたホログラフィーであるという。それはまるで、コンピューター内に作られた仮想空間に近い構造を持つ。この世界はまるで巨大なコンピューターのようだ。

人の営みから生じる矛盾を神にゆだねれば、科学と信仰は両立できる 情報科学の専門家、藤原礼征さん
「科学と信仰は両立できる」と語る藤原さん=6月18日、東京フリー・メソジスト小金井教会で

世界は「知的存在」による壮大なシミュレーション?

人類がコンピューターの中に仮想世界や人工知能を生み出そうとするように、私たち自身も「知的存在」が創った空間上の存在かもしれない。このような考え方は、オックスフォード大学の哲学者ニック・ボストロム教授らも提唱している(シミュレーション仮説)。その「知的存在」が神だとすれば、それは大昔から聖書に書かれていることだ。この世界が精密に創られていることを明らかにするのが科学なら、世界がなぜ創られたのかを明らかにするのが宗教ではないか。

人類は、「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」という問いへの答えを求め続けてきた。結果には原因があるとする因果律に従って「世界の原因は神である」と考えても、「では、神の原因は何か」と無限後退に陥る。そこから抜け出すには、因果律を超越した存在として神を受け入れるほかない。そのことを、神はモーセに「わたしはあるという者だ」(出エジプト3:14)という言葉で示した。3500年も前に、神は自身を超越的な存在であると示すことで、人類の根源的な問いに対する答えをすでに与えている。

真理を求めれば、有神論にたどり着く

人類は、科学や歴史、宗教など、さまざまな営みを通じて真理を探究してきた。しかし、その真理の探究が、真理をゆがめてしまう場合がある。例えば、科学において、宇宙の外がどうなっているかについて仮説を立てても、検証ができず、解釈論に陥ってしまう。ビッグバンや生命の進化のように、結果から仮説を立てるしかないたぐいの問題では、仮説を検証することは困難だ。歴史においても、勝者による改ざんの危険性がある。宗教も、宗派間の解釈の違いによる対立や、集団秩序によって個人の信仰がゆがめられる場合がある。そのため、限りある人の知性では完全な真理を知り得ない。

どんな文化にも「神」の概念が存在する。人は真理を追い求める性質を生まれ持っており、その探究の中で神の概念にたどり着き、信仰を獲得する。信仰には、無神論・汎神(はんしん)論・理神論・有神論の4つの立場がある。無神論者も「神は存在しない」という信仰を持っているように、私たちの観念から神を排除することはできないのだ。無神論に立って真理を追い求めた結果、神の存在なしには説明できない事実に出会って汎神論・理神論の立場に変わり、その理由を求めて有神論にたどり着いた科学者も少なくない。

「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」(ヨハネ20:29)というイエスの言葉がある。創造主の存在を科学的に証明するのは難しいが、数ある科学の未解決問題は、創造主の存在を照らし出しているように思える。理神論や汎神論には、この世界が創られた理由が見当たらないので、神が明確な意志を持ってこの世界を創ったという有神論の立場を取らざるを得ない。

人の営みから生じる矛盾を神にゆだねれば、科学と信仰は両立できる 情報科学の専門家、藤原礼征さん
東京フリー・メソジスト小金井教会の礼拝堂で藤原さんの証しに皆が耳を傾けた。

なぜ神はこの世界を創ったのか

人は、ゲームや仮想世界での体験を楽しむように、コンピューターの中に世界や知性を作り、その世界や知性との間に特別な関係を築く。では、神が宇宙や人を創ったのなら、その目的は何だろう。人は、神が創った世界を美しいと感じ、人がゆがめた世界を美しくないと感じる。愛以外に、世界を美しく創る理由が見当たらない。神は私たちに愛を示すためにこの世界を創られたと思う。愛によって創られたこの世界は素晴らしく、生きるに値する。それが仮にシミュレーションであっても、僕は生きたい。

キリスト教は唯一、神の愛をテーマとした宗教だ。聖書には、「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」(1コリント13:13)とある。愛なる神は、生きる指針として史上最高のベストセラーである聖書を人類に与えたのではないか。聖書は矛盾が多いと言う人もいるが、2千年前の人類に十分理解できる知識と分量でまとめられている。科学書ではなく、神の言葉として読み解くべき。こんなに多くの人々が命をかけた宗教がねつ造されたものとは思えない。

人の知性には限界があり、科学や宗教においては、人による解釈が避けられない以上、矛盾が生まれる。しかし神は、聖書やこの世界を通して真理を語り掛けている。すべての先入観を手放し、神のメッセージを受け取れば、真理への道が開かれると確信している。知性におごり高ぶることなく、人の営みから生じる矛盾を神に委ねれば、科学と信仰は両立できる。神に与えられた理性で真理を探究し、科学を進歩させ、神の創られた世界の真理を素直に喜べたら幸いだ。

藤原さんへの問い合わせは、東京フリー・メソジスト小金井教会(電話:042-384-2764)まで。

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