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神さまが共におられる神秘(14)イエスさまは神さまと違うの?一緒なの? 稲川圭三

2017年6月11日05時34分 コラムニスト : 稲川圭三 印刷
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2014年6月15日 三位一体の主日
(典礼歴A年に合わせ3年前の説教の再録)
神が御子を遣わされたのは、御子によって世が救われるためである
ヨハネ3章16~18節

入祭のあいさつ

今日は「三位一体の主日」を迎えています。父と子と聖霊の神さまの交わりに私たちもあずかり、そのいのちに生かされるためのお祝い日です。

父である神さまは、「すべての人と共にいてくださるお方」です。子であるイエスさまは、「すべての人と共にいてくださる神の真実の中に復活しておられるお方」です。聖霊とは、「すべての人の内に神がおられ、その真実の中に復活しておられるキリストとの出会いを私たち一人一人の中に作ってくださるお方」です。私たちはそのお方との交わりの中に入るならば、今日出会う人に「神さまがあなたと共におられる」「キリストがあなたの中に復活しておられる」という真実を告げるいのちに変えられていきます。

感謝の祭儀を通してこの交わりに招かれていますので、一緒に入って生きるいのちになるよう、お祈りをしましょう。

説 教

月に1、2度、幼稚園(カトリック麻布教会に隣接された麻布みこころ幼稚園)の先生方にお話しすることになっているのですが、以前私が幼稚園生くらいの子に聞かれた質問を先生方にしてみたのです。

「イエスさまって、神さまと違うの?一緒なの?」

どうでしょうか。皆さん、どうお答えになるでしょうか。違うとも言えるし、一緒とも言えるというところもあるかもしれません。何て答えるのでしょうか。

父と子と聖霊の神さまは、私たちが外側から考えたり、論じたりすることのできるお方ではありません。私たちにとって大切なことは、その父と子と聖霊の神さまがご自分の交わりの中に私たちも一緒に入るようにと招いてくださっているということです。ですから、私たちに必要なことは、そこに素直に入って、その中で一緒に生きることを通して出会わせていただくということです。

父である神さまとはどういうお方かというと、「すべての人間と共にいてくださる」お方です。「すべての人間と共にいてくださる」神さまです。「私は神なんか信じないよ」という人の内にも神さまは共にいてくださいます。

旧約聖書の創世記の中に、人間の創造の箇所があります。「主なる神は、土(アダマ)の塵(ちり)で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた」(2:7)とあります。「息」とはいのちそのものです。神さまはご自分のいのちそのものをすべての人間の中に吹き入れてくださり、私たち一人一人の中にもう住んでおられるお方です。それが「父である神さま」です。

例外がありません。どんな悪いことをしてしまったとしても、神さまは私たち人間の中に住んでくださっています。ところが、そのことに出会えないのが私たち人間です。住んでくださっているのに、私たちはその真実に出会えない。

「イエスさま」はどういうお方かというと、すべての人間の中に「神さまが共にいてくださる」という真実があることを受け取ってくだった方です。そして、ご自分の内にも「父である神さまが共にいてくださる」真実をまことに受け取り、まことに出会い、まことにその一致を生きておられたお方です。「父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいる」(ヨハネ17:21参照)とおっしゃるまでに、その完全な一致を生きてくださったお方です。それがイエスさまです。そしてこのお方は、死と復活を通して栄光を受け、今やすべての人と共におられる神の真実の中に復活しておられるのです。

「聖霊」はどういうお方でしょうか。聖霊とは、私たち一人一人に、父である神と復活のキリストとの出会いを作り、支えてくださるお方です。父である神は、人間の創造の初めから共にいてくださいます。そして今や、その真実の中に復活のキリストも共にいてくださいます。その真実に私たちを出会わせてくださるのが聖霊です。

「聖霊」がすべての人に注がれています。そして、特に洗礼という出会いの恵みを通して、私たちは自分の内に神が共におられ、その内にキリストが復活しておられるという真実に出会わせていただきます。その時、イエス・キリストの霊といのちが立ち上がり、人の中に神がおられ、その中にキリストが復活しておられる真実を認め、祈るいのちに変えられていきます。

(ミサの初めに「回心の祈り」をして「あわれみの賛歌」を歌った後)「栄光の賛歌」を歌う時に、2回、「イエズス・キリストよ」と歌う箇所があります。その時に頭を下げますでしょう。それはなぜかといえば、「神さまが私たち一人一人と共にいてくださる」というその真実を完全に受け取り、完全に生きてくださったイエスが、ご自分の死と復活を通して、今やすべての人と共にいてくださるいのちとなっておられるからです。復活のキリストは、あなたにも私にも共にいてくださいます。「神が共におられる」という神秘に私たちを出会わせるために、共にいてくださるのです。それで、そのご恩に頭を下げるのだと思います。

私たちに聖霊が注がれています。そのお方の恵みによって、私たちの内に父である神が共におられること、そして復活のキリストが共におられることに「はい」と言って出会わせていただくなら、イエス・キリストが私たちの中に立ち上がります。そして、私たちと同じ顔と体の向きに立って生きてくださるのだと私は理解しています。

だから私たちも、そのお方のいのちの中に一緒の向きで生きるように招きを受けています。もし私たちがイエス・キリストのいのちに入るならば、イエス・キリストと同じことをするようになります。つまり、出会う人の中に「神さまが共におられる」ということを祈り、また告げる者になっていくということです。そして、「あなたの中に復活のキリストが共におられるのですよ」と告げるいのちになっていくということです。そういう交わりに今日、私たちは招かれています。

最初に、「イエスさまって神さまと違うの?一緒なの?」と聞かれたらどう答えますかとお聞きしましたが、最後に幼稚園の先生から、「もし3、4歳の子どもからそのように聞かれたら、神父さまはどうお答えになりますか」という質問が返ってきました。

「そういう年齢の子どもに聞かれたら、『神さまがあなたと一緒にいてくださるんだよ。そして、イエスさまも一緒にいてくださるんだよ。だから、神さまとイエスさまと一緒に、みなさんもお友だちに親切にしたらいいね』と話すかなあ」と答えました。

私たちも今日、神さまが一緒にいて、イエスさまが一緒にいてくださいます。そして、その真実を聖霊が保証し、支え、出会わせてくださいます。すべての人間はそういう尊いいのちです。三位一体の交わりの中でお互いを尊いものとして受け取り合い、親切にして生きる1日になるよう、お祈りしましょう。

稲川圭三

稲川圭三(いながわ・けいぞう)

1959年、東京都江東区生まれ。千葉県習志野市で9年間、公立小学校の教員を務める。97年、カトリック司祭に叙階。現在、カトリック麻布教会主任司祭。著書に『神父さま おしえて』『イエスさまといつもいっしょ』『365日全部が神さまの日』『神さまのみこころ』(いずれもサンパウロ)など。
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