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神さまが共におられる神秘(3)主イエスの復活・自分の中に立ってくださるいのち 稲川圭三

2017年4月16日05時30分 コラムニスト : 稲川圭三 印刷
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2014年4月20日 復活の主日
(典礼歴A年に合わせ3年前の説教の再録)
イエスは死者の中から復活されることになっている
ヨハネによる福音書20章1~9節

入祭のあいさつ

みなさん、ご復活おめでとうございます。

主キリストは復活されました。それは、私たち一人一人の中に「神さまが共にいてくださる」という真実に出会わせるために復活してくださったのです。「神が共におられる」という真実を生涯生きた方であるキリストが、いま私たち一人一人の内に生きて立ってくださいます。それが復活です。

今日、復活のお祝いにあたり、共にいてくださる神さまのいのちに結ばれて、その喜びを祝う者となるように一緒に祈りましょう。

そして、私たちの周りの、すでに亡くなられた愛する方々も、神さまと共に、私たちのいのちの中に同じ顔と体の向きで立って生きています。そのことを併せてお祝いし、大きな復活の喜びとなるように、一緒にお祈りをしましょう。

説 教

どうしてキリストが復活されたのかというと、それは私たちに教え、出会わせるためです。何を教えるのかというと、人間一人一人の中に神さまがお住まいになっておられるという真実です。人間は皆、神さまに愛された子どもです。その中に神さまがお住まいになっていない人間は1人もいません。

「主なる神は、土(アダマ)の塵(ちり)で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」(創世記2:7)とあります。息とは、いのちそのものです。神さまは、私たち人間をご自分の子どもとしてお造りになりました。ご自分の息、つまりご自分の「いのちそのもの」を吹き入れておられる。これが私たち人間といういのちの真実です。そのことに私たちを出会わせるために、キリストは復活してくださったのです。

3日前、キリストは十字架の上で死なれました。その死は私たちと無関係の死ではなく、関係そのものの死でした。なぜなら、キリストが十字架の上で死なれた時、キリストは私たち一人一人の中に神がおられ、神がお住まいになっておられるという目に見えない真実を見て、その真実に結ばれて死なれたからです。

私たちは、自分の中に神さまが共におられるというその真実に気付いていないかもしれません。また、出会っていないかもしれません。その気付かれていない、出会えていない真実を、キリストは見てくださいました。ご自身も苦しみの中にありながら、私たち一人一人の中に神さまが共にいて、一緒の向きで生きておられる真実を見てくださいました。そして、そのすべての人の真実を集めて亡くなられました。それが「キリストの十字架の死」でした。そして、そのすべての真実と共に復活されたのです。つまり、すべての人間のいのちを新しくしてくださったのです。

キリストの復活とは、人間のいのちが死を超えて出会い続けるいのちであるという真実の証しであり、キリストが復活されたとは、私たちがその真実に出会うことだと思います。

私は3月11日に自分の父親を91歳で亡くしました。でも、父は今、「私の内に、私と同じ向きで一緒に生きている」としか、私には受け取れません。それ以外では、父のことをまったく分からないのです。

「お父さんは天国で安らかにしておられますよ」と言われても、よく分からない。「どこかで見守っておられますよ」というのも分からない。「近くにおられるでしょう」というのも、何かしっくり来ない。私は父のいのちを思い巡らす時、ただ「自分の内で、同じ向きで一緒に生きている」としか分からないのです。

「弟子たちがキリストの復活に出会った」ということは、私は、「キリストというお方が弟子たち一人一人の中に、同じ顔と体の向きで立ち上がって生きてくださる」という出会いではないかなと思っております。

今日は洗礼式がありますが、すでに洗礼を受けている者たちは、自分の受けた洗礼の恵みを思い起こしましょう。洗礼とは、その人の上に聖霊が注がれ、永遠といういのちのキリストご自身がその人の中に立って一緒の向きで生きてくださる出会いだと思います。

これから4人の赤ちゃんが洗礼を受けます。ここにおられる方で「いつかは自分も洗礼を・・・」と思っておられる方々もおられるでしょう。どうぞその恵みにあずかれるよう祈り求め、その時の恵みを思って共に洗礼式のためにお祈りしましょう。

稲川圭三

稲川圭三(いながわ・けいぞう)

1959年、東京都江東区生まれ。千葉県習志野市で9年間、公立小学校の教員を務める。97年、カトリック司祭に叙階。現在、カトリック麻布教会主任司祭。著書に『神父さま おしえて』『イエスさまといつもいっしょ』『365日全部が神さまの日』『神さまのみこころ』(いずれもサンパウロ)など。
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