トピックス 米大統領選  宗教改革500年  環境問題  マザー・テレサ  沖縄  戦後71年  日本聖公会京都事件  

死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―(96)人を最高の創造物とされた訳 米田武義

2016年12月1日11時46分 コラムニスト : 米田武義 印刷
Facebookでシェアする Twitterでシェアする
関連タグ:米田武義

人を最高の創造物とされた訳

昨日、悦三から電話があった。義理の弟の結婚式に出るために、NYから成田空港に着いたとの知らせであった。自分の子が自立してくれているのは、本当にうれしく、神様に感謝している。結婚して、自分で働いて生活している上での来日であるから、立派なものであると思う。私にはとてもそこまでできない。

ただただ、神様に感謝でいっぱいである。これ以上のことは望まないというように見えるかもしれないが、実際はそうではない。1つ満たされれば、また次の欲望や期待が出てくるという具合で、今は、実は職業の内容について、満足しきれない思いがある。というのは、昼過ぎから働いて、夜中ごろまでというのは、食事時間とか睡眠時間とかに、健康に良くないところがあると考えるからである。

1つ満たされれば、また次へと欲求はとどまるところを知らない。満たされたことに関して感謝はするのだが、また次の欲求が出てくるので、感謝は幾分相殺され、あせてくる。

とどまることのない欲求、研究、好奇心、思考は、しかし神様が人間に与えてくれた。そして良しとされた能力の1つである。創世記3:3、6、7を読むと、人間はその能力を与えられていることがよく分かる。実際にこの能力があるからこそ、私たちの信仰も長続きするのである。こういう能力がないとき、信仰はすぐにあせたものになり、形式的になり、ひいては神様を自分の意思で選び、従っていくというようにはならないだろうと思う。

神様は最高級の生き物に、生き方の根本として神様を選ばせるのをよしとされた。それ故、人間を外・内とも、神に似るように造られた。最高の創造物である必要があった。

「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう」(創世記1:26)

<<前回へ     次回へ>>

米田武義

米田武義(よねだ・たけよし)

1941年4月16日、大阪生まれ。大阪府立三国丘高等学校、国立静岡大学卒業。静岡県立清水東高校定時制教師を勤めた後、東北大学大学院、京都大学大学院(国土防災技術(株)国内留学生)で学ぶ。国土防災技術(株)を退職し、(株)米田製作所を継承する。2008年4月8日、天に召される。著書に『死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―』(イーグレープ)。

【米田武義著書】(Amazon)
【米田武義著書】(イーグレープ)

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう
フェイスブックで最新情報をお届けします
関連タグ:米田武義

関連記事

コラムの最新記事 コラムの記事一覧ページ

主要ニュース

コラム

人気記事ランキング