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『釜ヶ崎と福音』の本田哲郎神父と宮台真司氏のスリリングな対話 『福音の実り』(1)

2016年11月18日23時26分 記者 : 土門稔 印刷
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『福音の実り―互いに大切にしあうこと』(9月5日、オリエンス宗教研究所)
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本田哲郎神父はフランシスコ会日本管区長を務め、ローマ教皇庁立聖書研究所で学んだ新約学者として新共同訳の編集委員も務めた人物だ。『釜ヶ崎と福音』(岩波書店)や福音書の個人訳『小さくされた人々のための福音』(新世社)シリーズなどの著作がある。

1989年から日本最大の日雇い労働者の街、大阪の釜ヶ崎で暮らしながら「釜ヶ崎失業連絡会」など労働者支援活動にも取り組んでいることで知られ、関西ではよく知られ尊敬されている“名物神父さん”だ。

本田神父が、経済学者の浜矩子氏、社会学者の宮台真司氏、フェミニスト神学者の山口里子氏などと語り合う対談が、よくぞオリエンス宗教研究所から出版されたなあと、まず驚かされた(笑)。そして「福音」についてアクチュアルかつ実にスリリングな対話と問い掛けと応答がなされていて非常に興味深く読ませていただいた。

釜ヶ崎の“異色の”神父、本田哲郎氏

私自身は本田神父の著作を何冊か読み、講演を伺ったことがあるが、最も印象に残っていることが2つある。

1つは、福音書の中でしばしばイエスが人々を「深く憐れまれた」と翻訳されているが、本田神父は、これは本来のギリシャ語の文意を正しく表していない、と語る。この箇所のギリシャ語の原語「スプランクニゾマイ」という言葉は、本来は「はらわた」という語から派生しており、むしろ「はらわたを突き動かされるように」「はらわたが引き裂かれるほどの思いで」という意味を持っているという。

苦しむ人を見たとき、イエスは決して、上から下を見るような視線で「憐れんだ」のではない、「はらわたが引き裂かれるほどの痛みを感じながら共感し共苦した」のだ、と本田神父はよく語る。

もう1つは、キリスト教の教会が、「福音宣教」を語るとき、よく「種まき」という言葉を使うことへの批判である。「種をまく」というとき、キリスト教や教会が“与える”“教える”“導く”という上からの目線があり、教会にこそ正しさと恵みと豊かさがあり、それを外の人に分け与えてあげるという傲慢(ごうまん)さが潜んでいると本田神父は言う。

しかし、そうではない、それらはむしろ教会の外にこそある、それに触れて教えてもらうことが必要であり、その意味でイエスが語ったのは、「種まき」ではなく「刈り入れ」(教会の外にある貧しく小さくされている仲間たちの感性に学び、その実りを共有する)ことなのだ、と本田神父は語る。

いずれも初めて聞いたとき、とても深く腹に落ちたのを今でもよく覚えている。本田神父の個人訳聖書を読んでいると、そんなはっとした気付きにしばしば出会う。釜ヶ崎に住み、その体験から聖書を原語で徹底的に読み直し、原義にさかのぼり、なされた翻訳からは、教会でよく語られているが見落とされている聖書の言葉の本質を素通りしていることに、はっと気付かされるのだ。

一方で本田神父は、現代の教会が教義にばかり固執し、教会制度を維持することばかりに汲々(きゅうきゅう)としていることを厳しく批判もしている。故にカトリック教会の中での風当たりも厳しいともしばしば耳にしてきた。

社会学者の宮台真司氏との対談

そんな異色の神父である本田哲郎氏の対談の中でも、特に社会学者の宮台真司氏と交わす会話は非常に興味深く、スリリングだ。

宮台氏といえば、1990年代、社会学者として女子援助交際論などを思い出す人も多いのではないだろうか(私もその1人だ)。近年は保守の立場から、政治、社会に呈する発言や提言も多い。その宮台氏が8年前にカトリックの洗礼を受けたとカミングアウトしており、洗礼を受けるに至った経緯を語っている。

個人的には1990年代後半に大学生だった私たちの世代にとって、宮台氏という人には独特の感慨がある。私自身にとっては、宮台氏という存在は、「気になるけど、できれば読みたくない存在」だった。彼が出会い、声を聞く若者は私たちと同世代であり、その苦しみや不安は私のものでもあったからだ。

「終わりなき日常を生き抜け!」などと、言われなくてもよく分かっている。社会学者にそんなことを言われたくはない・・・。アンビバレントな気持ちを抱かせる、異色の知識人、私にはそんな存在だった。

その宮台氏がキリスト教の洗礼を受けていたということに、まず素朴な驚きを感じてしまう。彼の原点は、京都で育った少年時代にあるという。学校にはヤクザの子どももいれば、社宅、農家、商店街の子どもなど、多彩な同級生がいた。教室ではヤクザの子どもや女の子たちが彼を守ってくれたという。

そのような経験がベースとなり、社会学者として80年代以降フィールドワークを行い、売春などを調べ始めたのだという。そして、その中でギリシャ哲学を読み直し、そして“人間の動機”、とりわけ損得勘定(自発性)を越えた“内から湧く力”(内発性)に関心が向いたことが根底にあるという。

それがどうキリスト教につながったのかはあまり語られていないので分からないのだが、例えば教会で神父と共に福音書を読む中で「罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(ヨハネ8:7)について、しばしば戒律の否定として解釈されているが、彼はむしろ律法の枝葉末節にこだわることへの批判と読むと、「だったら僕がずっと思ってきたことと、本当にぴったりだと思って」と語っている。

それ以上は語っていないが、社会学者としても最も若者たちの生の姿と声を現場で聞き続けて来た、宮台氏のこれまでの歩みが、確かに重なっているように思える。

若者の抱える生きづらさ

宮台氏の問題意識の中心が、若者が将来、自分がどう生きるかに対する根深い不安と絶望を抱えており、そこにいかに届く声を発信するのか?ということにあるのは、おそらく変わっていない。若者は、就職できるか、家族を持てるか、孤独死しないで済むか?常に不安があり、“人間は損得勘定の内側でしか振る舞えない”と見切っている。

友人恋人も損得勘定から外に出ることなどあり得ないと思い、本当のことはリアルでもネットでも決して出せない。他者を信用せず、全面的に自分を委ねることもできない。

そのような中、若い世代に何を伝えることができるか? 宮台氏と本田神父に強く共感しているのは、“異質なものに出会って自分を立て直していく”という経験だ。宮台氏はフィールドワークで、本田神父は釜ヶ崎での活動でそれを自身が経験したからなのだろう。

しかし、そのような場を見つけるのは困難だ。インターネットが距離や国籍を超えるという幻想も、実際は“見たいものだけを見て、見たくないものは見ないタコツボの世界でしかない”ことに、もう誰もが気付いている。大学でも、異なる価値観に触れることなく社会に出て行くことになる。宮台氏は、”むしろ気付いてしまうと、これまでのゲームを変え、どうやって生きて行ったらいいのか分からなくなる”という恐れすら存在している、と指摘する。

しかし、震災をきっかけに宮台氏のゼミからも多くの学生が、“自分でも理解できない衝動に突き動かされて”やむにやまれず被災地にボランティアとして足を運び、凄惨(せいさん)な現場を訪ね、さまざまな“気付き”を得たという。

釜ヶ崎にも、毎年多くの学生が訪れ、“何かと出会ったかのように生き生きとした感じで”帰っていくという。それが、宮台氏の語る“損得勘定”ではない“内発性”であり、そのような現場の体験の中に、“異質なものとの出会い”が存在するという点で共通しているといえる。

しかし、体験の中で得た記憶や思いを共有した者と、そうでない者には分断線がある。それを超えること、場所はやはり極めて困難である。本来、自分をさらけ出すことができる場所であるべき、教会もきれいごとばかりで、あてにはならない・・・。根本的な問題は残ったままであることも2人はよく理解している。続きはこちら>>

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