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後藤健二氏追悼公演 「超えてはいけない一線」

2016年2月1日17時08分 記者 : 守田早生里 印刷
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+後藤健二氏追悼公演 「イマジナリーライン(超えてはいけない一線)」
シスターと交渉をする「ケンジ」と「アキラ」。シスターを演じるのは、脚本を手掛けた馬場さくらさん。
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2015年2月1日。日曜の早朝、日本中を震撼(しんかん)させたニュースが飛び込んできた。国際ジャーナリストの後藤健二氏が殺害されたとされる映像が、「イスラム国」(IS)によって公開されたのだ。

昨年1月20日、砂漠の乾いた土の上にオレンジ色の囚人服を着せられ、同じくISに拘束されていた湯川遙菜(はるな)さんと共にひざまずかされた後藤氏の映像が公開された。それ以降、12日間にわたり、混乱を極める情報に国民は翻弄(ほんろう)され、不確かな小さな情報に一喜一憂する日々が続いた。宗教者たちが宗派、教派を超えて祈り、人々は「I am Kenji」のプラカードを掲げて連帯を示し、世界中の教会でも祈りがささげられた。

あの日から今日で1年。ますます混迷する中東情勢に目を覆い、耳をふさぎたくなる日もあるが、後藤氏が命をかけて伝えようとしたものをそれぞれが、それぞれの持ち場で探し求めている。

1月30、31日には、大阪市内のスタジオで、後藤氏の言葉や実体験を元にした音楽劇「イマジナリーライン(超えてはいけない一線)」が上演された。この作品の脚本を手掛けたのは、後藤氏とも生前、親交のあった馬場さくらさん。「劇中の後藤さんの言葉やエピソードは、後藤さんから聞き取ったものをほぼそのまま使っている」と話す。

同作は、2011年5月に初演を迎えている。初演の前の稽古には、後藤さん本人も訪れ、自ら演出を加えた。2014年の公演時にも大阪を訪れ、今回の公演でも「ゴトウケンジ」役で主演を演じた俳優の山本英輝さんとも初対面したのだという。「本人の前で役を演じるのは非常に緊張した。しかし、自分なりの『ゴトウケンジ』を演じさせていただいた。モノマネをするのとは違う。僕自身の『ゴトウケンジ』像を描いた」と当時を振り返る。

後藤健二氏追悼公演 「イマジナリーライン(超えてはいけない一線)」
「ゴトウケンジ」役の山本英輝さん。仕草、笑い方、話し方は、本人と対面する前に、役作りのために動画などを見て研究したという。

どことなく、後藤氏に似ている山本さんは、「役作りのために、後藤さんの映像を何度も見た」と話す。ゆっくりした話し方、特徴のある大きな笑い声は、特に気を付けたという。「2年前にお会いしたときは、また会えると思っていたので、次に会ったときにはさらにパワーアップした『ゴトウケンジ』を演じられるようにしようと思っていた。まさか、あれが最後になるとは思いもよらなかった。生きていて、またお会いできる方なら、本人からその表情などを勉強して役作りに活かすことができる。しかし、これから演じる『ゴトウケンジ』は、今まで僕が見てきた後藤さんであり、これから先はもう想像していくしか方法がない」と彼の死に胸を痛める。

2014年に上演後、記念写真を撮った際に、後藤さんから離れた場所にいた山本さんを後藤さんがわざわざ隣に呼んで、「一緒に撮ろう」と声を掛けた。「きっと、気恥ずかしいこともあったと思うが、非常に満足げだった」と馬場さんは話す。

同作は、戦場ジャーナリスト「ケンジ」が、ジャーナリストに憧れる青年「アキラ」を連れて、紛争直後の街を訪れるところから始まる。取材を申し入れた教会のシスターからは、何度となく拒否される。しかし、何度も取材を求めるケンジに、シスターは「取材する理由に納得すれば、取材を許可する」と話した。

「ケンジ」は、彼がジャーナリストを目指した理由を「普通の生活を撮りたい。ここに住んでいる子どもたち、家族の様子を撮りたい。そして、全ての感情に寄り添いたいのだ」と話した。戦闘機が飛来し、「ドンパチ」するような派手な様子ではなく、その生活から見える真実を世界に発信していきたいというのだ。一方、駆け出しのジャーナリスト「アキラ」は、「紛争地らしい派手な映像を撮りたい」と話し、マイペースに取材を進める「ケンジ」に業を煮やし、勝手にテロリストのアジトに侵入してしまう。このシーンを見た後藤氏は、「よくできている。この『アキラ』という青年は、僕の若い頃にそっくりだ。今の自分と昔の自分を見ているようで、恥ずかしい」と話したという。

事件後の脚本には、このストーリーとシーンを変えて、昨年の事件時の流れを彷彿(ほうふつ)とさせる演出を加えた。中東の大使館に勤める「松岡」という男性が、「ゴトウケンジ」の人質誘拐事件について、情報収集に追われる様子を描いたのだ。殺害の一報に、やるせなさと怒りと悲しみを爆発させる松岡。あの日、多くの人々が抱いた感情を代弁しているかのようだった。

同作の特徴の一つは、多くの感情をダンスで表現していることだ。後藤氏は、「ダンスが入っていると、感情の表現がより豊かになっていい」と話していたという。ダンスに加え、彼が気に入っていたというゴスペルが2曲、この劇には挿入されていた。聖書から「ヨハネ3章16節」を賛美歌にしたもの、もう1曲は「When I think about the Lord」。

後藤健二氏追悼公演 「イマジナリーライン(超えてはいけない一線)」
(写真左から)足立学さん、久野久美子さん、「ゆかり☆ゴスペル」さん。普段はそれぞれがシンガーとして活躍する3人だ。

今回の公演で初めて歌を担当したゴスペルシンガーの「ゆかり☆ゴスペル」さん、足立学さん、久野久美子さんの3人は、全員がクリスチャン。「生前、私たちは、後藤さんとお会いする機会はなかったが、事件をテレビのニュースで見ていた。今回のお仕事をいただいたとき、もう一度、今の日本を見てみると、『本当にこの国は平和なのか?』『この国は、本当に愛のある国なのだろうか?』と疑問に思うことも多い。しかし、今日、こうした舞台に立たせていただいて、後藤さんの事件をきっかけに集まったお客様に、ゴスペルを通して何かを感じてもらえたらうれしい。不安は多いが、イエス様が私たちと共にいることを忘れないでほしい」と話した。

上演後に行われたトークライブでは、大阪市内の小学校で、以前、後藤さんの講演を聞いたという少女が感想を述べた。「後藤さんがしていた活動を私たちは決して忘れない。また、私たちは、自分の置かれている環境にも感謝を忘れずにいたい」と話した。

観客が受け取った公演のチラシには、馬場さんの「ごあいさつ」として、後藤氏とのこんなエピソードが書かれていた。5年ほど前、大阪で後藤氏と会ったとき、一緒に食事をした帰り道、若い男性が「愚痴聞きます」とダンボール紙に書いたものを掲げて、路上に座っていたのを見つけた。スーツ姿だった後藤氏は、いきなりその青年の前に座り、「僕に愚痴はないな」と話していたという。

その青年に何かサインのようなものをして立ち去ったのを覚えていた馬場さんは、今回の公演取材に訪れていたテレビ局にそのことを話したところ、カメラマンが「その青年を知っている」と言い出した。急いで連絡を取ってみると、その青年は今でも大切にそのサインを保存していた。

サインの横には、「日本、がんばろう。変化は内側から」とあった。変化は内側から・・・この言葉の意味は、とてつもなく深い。大阪の地にも、確かに「後藤健二」は生きていた。

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